日本漢方の古方派を中心とした漢方薬、処方をご紹介します。一般の方から専門家まで馴染めるよう、改善例、処方薬味、適応疾患、使用目標、漢方の証、方意をご紹介。
四逆散。傷寒論
改善例1
軽度の神経症、男性。漢方処方応用のコツより引用
数年前から下肢がだるく、疲れやすく、仕事の能率が上がらないという。やや小柄な体格だが、肉付きは中くらいで病院ではどこも悪くないと言われているとおり特別な所見はない。腹診すると前述のような腹証をしていたので、四逆散を投与した。
一ヶ月も経った頃、身体が軽く感じ、下肢のだるさは意識しなくなり疲れなくなった。その後、食事のせいか、心下部が痛んだ時は柴胡桂枝湯に変えて良くなった。その後は季節の変わり目などにやや体調が悪くなることもあるが、四逆散を飲んでいれば以前ほど苦痛でないと言って、一年以上服薬を続けている。
改善例2
蓄膿症、男性。漢方処方応用の実際より引用
2年程前から鼻が悪く、最近2、3ヶ月食べ物の匂いが分からなくなったという。中肉中背で体力中等とみられた。はじめ葛根湯加辛夷川芎を1週間与えたが全然変化がみられなかった。
そこで腹直筋の攣急と季肋下にわずかながら抵抗を認めたので四逆散加辛夷川芎に転方した。これを飲むと1週間後に鼻閉が少し良いといってきた。そこで同湯を続けて服用させたところ、2ヶ月ほど経ったある日、喜んでやってきた「昨日、昼食にラーメンを食べたら、その匂いがよく分かった」というのである。その後1ヶ月ばかり服薬してやめた。
処方薬味
柴胡 | 枳実 | 甘草 |
芍薬 |
適応疾患
胆嚢炎、胆石症、胃炎、胃潰瘍、鼻炎、神経症、血の道症、感冒、流感、肺炎、急性吐瀉病、疫痢、自家中毒、虫垂炎
漢方の証、方意
- 病位、虚実。少陽病、虚実中間
- 十二臓腑配当。脾、胆
- 方意。胸脇の熱証、胸脇苦満、口苦、肩背強急、気滞、胸脇の熱証。手足の冷え、手掌汗、神経過敏などの精神症状、脾胃の熱証。腹中痛。
- 備考。四逆散は臨床上、急性病より慢性病に多く用いられ、大柴胡湯と小柴胡湯の中間の体質、体力の方に用います。
四君子湯。和剤局方
処方薬味
人参 | 白朮 | 茯苓 |
大棗 | 生姜 | 甘草 |
適応疾患
胃腸虚弱症、胃下垂症、胃アトニー症、胃カタル、貧血、下痢症、虚証の出血、全身衰弱、痔、夜尿症、低タンパク血症、消化不良、疲労倦怠
使用目標
胃腸の消化機能が酷く衰え、その結果いろいろな症状を呈する方に用います。この時、食欲がなくて少しものを食べるとすぐ胃が張って苦しくなり、顏色が青く、やせて体重が少しも増えず、手足がだるく疲れやすく生気に乏しく、言語が力がありません。時には悪心、嘔吐、下痢、腹鳴などがあり、脈が小さく、あるいは細くて弱かったり。脈が、大きくて力がある方には用いません。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。太陰病、虚証
- 十二臓腑配当。脾
- 方意。脾胃の虚証としての食欲不振、胃腸虚弱、下痢傾向。虚証としての無気力、気力減退。疲労倦怠血虚としての貧血傾向、顏色不良、口唇蒼白。
- 備考。気虚に対する代表方剤です。人参湯に茯苓と大棗を加え、乾姜を生姜に変えたものです。
四物湯。和剤局方
処方薬味
当帰 | 川芎 | 芍薬 |
地黄 |
適応疾患
月経異常、白帯下、子宮出血、諸貧血症
使用目標
女性に多く用いられ、諸種の出血や貧血の徴候があって皮膚の枯燥の傾向があり、瘀血、生理不順、自律神経失調症などの症状がある方に用います。肝腎脾の血虚による発熱、往来寒熱、あるいは夕方の発熱、煩躁、不眠症、胸が張り脇腹が痛むなどの症状がある方に用います。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。太陰病、虚証
- 十二臓腑配当。腎、胆
- 方意。血虚としての貧血、月経異常。燥証としての皮膚枯燥、手足の灼熱感。血虚による感情不安定、心悸亢進などの精神症状。
- 備考。四物湯は単独で用いることは少なく諸種の加減方や合方として用いられることが多いです。
紫根牡蛎湯。黴癘新書
処方薬味
牡蠣 | 川芎 | 当帰 |
芍薬 | 紫根 | 大黄 |
忍冬 | 黄耆 | 升麻 |
甘草 |
適応疾患
乳癌、皮膚炎、悪性リンパ腫、黒色肉腫、原因不明の腹部腫瘍、扁平コンジローム
使用目標
頑固な慢性病で虚証に陥り、貧血、疲労の傾向がある方に用います。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。少陽病から太陰病、虚実中間から虚証
- 方意。瘀血、腫瘤
- 備考。悪性腫瘍では、紫根を増量します。
七物降下湯。大塚敬節
八物降下湯も準ずる
改善例
70歳、女性。漢方処方応用の実際より引用
半年ほど前に虫垂炎で東京のある有名な大学へ入院して手術を受けた。手術の傷は、1週間ばかりですっかり良くなったので退院しようとした矢先、片方の大腿がひどく腫れて太い丸太のようになってしまった。
病院ではいろいろ検査したが、はっきり診断がつかず、なぜかそのまま退院させられたという。患者は帰宅後、方々の医師を呼んで診てもらったが診断もつかず、足も良くならなかった。あるとき近所の婦人科医にみてもらったら、始めて閉塞性静脈炎と診断されたそうだ。患者は大変喜んで「大学病院でも分からない病気の診断をつけてくれた」といってその医師を名医だと来る人ごとに話したという。ところが病気は少しもよくならず数ヶ月間の間、寝たきりの毎日を送っていた。
こういった状況で私が診察を頼まれた。患者は、痩せて顏色が悪く、脈は弱く、腹部はへこんで、いかにも虚状を示していた。ところが最高血圧は190、最低110と亢進していた。現代医学的にも漢方的にも特徴がないので、初めは如何なる処方がよいかと迷った。結局虚証の血圧亢進に対して七物降下湯を用いた。その結果1ヶ月も経たないうちに血圧が下がり最高140、最低90程度となり、そのうえ、あれほど苦しんだ足がすっかり良くなって全く正常に復した。その人が私を名医だと言ったとは聞いていないが。
処方薬味
黄柏 | 当帰 | 川芎 |
芍薬 | 地黄 | 黄耆 |
杜仲 | 釣藤鈎 |
適応疾患
本態性高血圧症、腎高血圧、慢性腎炎、動脈硬化症
使用目標
虚証ながら、胃腸の働きが良い方の血圧亢進に用います。すなわち病気が長引いて体力が低下している方、あるいは元来体力が虚弱な人で血圧が高く、息切れ、頭痛などがある方、あるいは腎不全の傾向があって、尿淡白を認める方などに用います。四物湯を服用して、食欲が減少したり、腹痛や下痢などを起こす胃腸虚弱な人には用いられません。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。太陰病、虚証から虚実中間
- 方意。気による逆上せ、眩暈、耳鳴り、頭痛、肩背強急、精神神経症状。血虚としての疲労倦怠、顏色不良、皮膚枯燥、しばしば腎の虚証による頻尿、多尿。
- 備考。七物降下湯は、四物湯に黄耆、黄柏、釣藤鈎を加えたものです。この為、四物湯の主たる構成病能の血虚が共通しており、太陰病を中心に少陰病にわたって用いられます。八物降下湯は、七物降下湯に杜仲を加えたものです。