日本漢方の古方派を中心とした漢方薬、処方をご紹介します。一般の方から専門家まで馴染めるよう、改善例、処方薬味、適応疾患、使用目標、漢方の証、方意をご紹介。
呉茱萸湯。傷寒論、金匱要略
改善例
頑固な神経症。33歳、女性、未婚。漢方処方応用の実際より引用
神経症のある方で、どんな処方を与えても帰って具合が悪いといって毎日のように訪れていた。その女性は見るからに神経質そうで、しかも疑い深そうな態度であった。その痩せ方も相当なもので、不自然な態度とあいまって、いかにもごつごつした人柄のように見えた。
愁訴を尋ねても、始めはとりつく島も無いような、そっけない答え方だった。しかし、色々話し合っているうちに、辛いことや病気の経過などを、細大もらさず語り出した。その訴えは尽きることの無いようであった。患者の語ったことを整理すると以下のようになる。
発病以来の経過。約三年前、下宿先で南京虫に悩まされアパートを変えたが、又同じ虫が出て夜眠られず、すっかり神経過敏になってしまった。その頃、たまたま胃腸を壊して胸もたれや胸焼けが起こり、更に下痢を起こした。下痢はなかなか止まらず、そのためすっかり痩せた上、少しも眠れなくなった。色々な大病院に罹ったり入院したりもしたが、慢性腸炎、血管神経症、胃下垂、神経症など色々な診断が付けられ、種々治療を受けたが良くならず、そのうち下痢はいつの間にか治った。
主訴。不眠症、胃部で水の音がして食欲が無く、食事すると頭がボっとする。偏頭痛、具合が悪いとき爪が割れる、疲れやすく、入浴すると特に疲れ、疲れると眩暈する、腹部に動悸を感じる、生理不順などであった。
そこで呉茱萸湯を飲ませた。驚いたことに2日後に来院した時には、非常に元気になって頭痛がすっかり取れたばかりでなく、お腹から下半身にかけてもすっかり気分が良くなったということである。その後、しばらくお薬を飲んでいただいた。
処方薬味
呉茱萸 | 人参 | 生姜 |
大棗 |
適応疾患
偏頭痛、吃逆、嘔吐、急性吐瀉病、霍乱、胃下垂症、胃アトニー症、癲癇
使用目標
激しい発作性頭痛で嘔吐を伴う方。嘔吐したり、唾液を吐いたり、下痢をしたりする方に用います。呉茱萸湯が合う方の頭痛は偏頭痛の方が多く、その時、必ずと言ってよいほど肩凝りを伴います。その肩凝りは、耳の後ろからこめかみの所に現れ、下から差し込んでくるようなものです。
また、呉茱萸湯は胃がもたれ、足が冷たく、逆上せ症で、金時さんのような赤い顏をしている頭痛に効くと言われています。このような顏色の特徴は、苓桂味甘湯や通脉四逆湯などにみられるように高血圧症だったり、脳に充血を起こしている時の顔面紅潮や便秘実熱による瀉心湯証とは異なります。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。太陰病、虚証
- 十二臓腑配当。心
- 方意。脾胃の水毒の動揺による頭冷痛、嘔吐。脾胃の虚証による食欲不振、胃腸虚弱。寒証による顏色不良、手足の冷えなど
- 備考。呉茱萸湯証の方は体質でいうと裏に寒飲がある状態です。裏とは体内のことです。寒飲とは水分が停滞し、かつ冷えている状態を指します。例えば、夏にカキ氷を急いで食べると、こめかみあたりがキュっと痛くなることがありますが、これが一時的な寒飲の状態です。呉茱萸湯の合う方はこのような状態が長く続いているような感覚です。嘔吐が主で頭痛が従の場合も用います。普通は吐いてしまうとスッキリしますが、呉茱萸湯の場合、吐いた後ますます胸苦しくなります。全く頭痛のない場合もあり、この場合は強い悪心で吐物は少ないようです。一度に服用すると、すぐ吐いてしまうことがあります。舐めるように、ごく少量ずつ飲めば治まります。治まると吐き気は止まります。
五虎湯。万病回春
処方薬味
甘草 | 麻黄 | 石膏 |
杏仁 | 桑白皮 |
適応疾患
咳、気管支炎、気管支喘息、肺気腫
使用目標
心悸亢進や息切れ、発熱、頭痛、頭重のある方に用います。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。少陽病、大腸
- 十二臓腑配当。大腸
- 方意。肺の水毒による呼吸困難、喘鳴、咳嗽。熱証による自汗、口渇
- 備考。本剤は、熱がなくて喘鳴があり、呼吸が苦しくて発作の際に汗が出る症状の麻杏甘石湯に桑白皮を加えたものです。麻杏甘石湯が頓服に使うのに対し、五虎湯はやや長服して体質から改善する使い方をします。特に小児の喘息様気管支炎などで胃内停水がある場合は二陳湯と合して五虎二陳湯とします。
五積散。和剤局方
改善例
冷えのある腰痛。60代、男性。漢方処方応用の実際より引用
年寄りの大工さんのお話である。年の割には体格の良い、平素は頑健な人であった。坐骨神経痛のような腰痛を起こしたことがあった。注射も針治療も効果が無かった。その時「足が冷える、釣りに行って冷えたらしい」という訴えと脈が沈遅なのを目標に五積散を与えた。5日間で痛みが楽になり仕事を再び出来るようになった。
処方薬味
甘草 | 蒼朮 | 白朮 |
芍薬 | 茯苓 | 桂皮 |
川芎 | 厚朴 | 柴胡 |
白芷 | 枳殻 | 陳皮 |
麻黄 | 半夏 | 当帰 |
乾姜 | 桔梗 |
適応疾患
急性慢性胃腸カタル、胃痙攣、腰痛、生理痛、神経痛、関節リウマチ、中風、腸痙攣、腸疝痛、老人や虚弱者の軽い感冒
使用目標
気血寒食痰の5つの積を破るとの意味で五積散と名づけられている。寒冷や湿気に侵されて病気になった方で、下肢が冷えて痛む方、腹が引き攣れて痛む方、下腹が痛む方、身体の上部が逆にのぼせて熱く、頭痛などの熱症状を起こしていて、下部は冷える方に用います。
これらの症状により頭痛、背骨の凝り、悪寒、嘔吐などが起こる方にも用います。その他、婦人の生理不順や難産の癖がある方にも用います。患者さんは、顏色が青白く貧血気味の方が多いです。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。太陰病、虚実
- 十二臓腑配当。肺、大腸
- 方意。気の上衝、逆上せ、冷え、頭痛。下焦の寒証による腰冷痛、神経痛、関節痛。脾胃の気滞、脾胃の水毒による食欲不振、悪心。
- 備考。五積散の腰痛は、腰にベニヤ板のようなものが、べったりと貼りついたようなものらしい。
五淋散加減。和剤局方、衆方規矩
処方薬味
甘草 | 山梔子 | 車前子 |
当帰 | 茯苓 | 地黄 |
芍薬 | 澤瀉 | 木通 |
黄芩 | 滑石 |
適応疾患
膀胱炎、尿道炎、淋疾、衰弱などによる排尿異常
使用目標
尿が出難く、混濁し血尿や膿尿がある方に用います。過去に淋病を患ったことがある方にも用います。
出典には「腎気不足の身体下部の力の低下で膀胱に熱があり、水道の尿路が通じ難く淋瀝して尿の出が少なく、臍腹急痛、時に労倦、倦怠即発し、或いは尿豆汁の如く混濁し、或いは胆石の如く、或いは冷淋にて膏の如く、或いは熱淋にて便血、血尿するを皆治す」とあります。
病証や体質の陰陽虚実を考えずに、排尿時の尿道痛をもつ尿道炎や膀胱炎に使用できます。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。少陽病、虚実中間
- 方意。下焦の熱証による頻尿、排尿痛、残尿感。水毒による尿不利
- 備考。和剤局方、万病回春の五淋散に地黄、沢瀉、木通、滑石、車前子を加えたもので竜胆瀉肝湯に近づくものです。
五苓散。傷寒論、金匱要略
改善例
慢性的な頭痛。30代、女性。漢方処方応用の実際より引用
常習頭痛を訴えての来局である。痩せ方でスタイルの良い、色白な人で見るからに弱そうなタイプの方であった。腹部が全体にやや軟弱で、弱い胃内停水がある様子である。こういう場合、半夏白朮天麻湯をよく用いるが、この患者さんは、色々と聞いているうちに湯茶を飲む量がやや多いようだと答えた。
そこで五苓散を投与したところ、2ヶ月ばかりで長年の頭痛を忘れ、デパートなどにも行けるようになったと喜ばれた。このように慢性病の場合は、五苓散の目標である口渇と尿不利が、はっきりと分からない場合も多い。
夏の暑い日のこと。漢方処方応用の実際より引用
暑い日に、1日中運動して外を歩いていたことがあった。その際、汗を酷くかいてしまい、喉が渇き、途中で何回も水やジュースを飲んだ。帰宅してからも喉の渇きが止まらず、いくら水を飲んでも駄目であった。夏の暑い日のそういった経験、みなさん少なからずお有りではないだろうか。そういった時に、五苓散を2グラムほど少量の水で飲んでみたことがある。すると、それっきり水を飲みたくなくなってしまった。これは、軽い日射病の徴候だったのであろう。
処方薬味
澤瀉 | 白朮 | 猪苓 |
桂皮 | 茯苓 |
適応疾患
感冒その他の熱のある病気、口渇、尿利の減少のあるもの、ネフローゼ、腎炎、急性胃腸炎、陰嚢水腫、常習性頭痛、心臓性浮腫、暑気あたり、夜尿症
使用目標
喉の渇きがあって尿利が減少する場合で、或いは嘔吐、下痢、頭痛、腹痛、浮腫などのいずれかを伴う方に用います。この時、熱が出る急性病もあり、熱のない慢性病もあります。
暑気あたりで熱が出て、頭痛がしたり身体が痛んだりして、喉が渇いて水を飲みたがる方にも用います。
心悸亢進や腹部の動脉の拍数が亢進し、よだれを垂らしたり、眩暈がする方で痩せた人に多く用いられます。
雨の降る前に酷くなる頭痛に効果がある場合が多いようです。慢性症では、顏色が青白く、顏に浮腫があるか、軽くても何となく下目瞼が浮腫みがちで元気がないです。慢性腎炎などの方に、このような方がよくあるようです。
口渇のために水を飲むとすぐ吐き、また水を飲んですぐ吐いてしまうという症状を水逆といい、この場合尿利減少があればどんな病気でも五苓散を用います。
漢方では嘔吐を2つに分けます。嘔は声が主で吐物は出ないか少ない。吐は、声は少なく吐物は多い。五苓散を用いる嘔吐は吐の方で、酒を飲みすぎた時に吐く状態を想像してください。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。少陽病、虚実中間
- 十二臓腑配当。胃、膀胱
- 方意。水の代謝異常の水証による著しい口渇、尿不利。気の上衝による頭痛、心悸亢進、耳鳴り。表の虚証、表の寒証を伴うものによる悪寒、発熱
- 備考。五苓散は、水毒、水飲、痰飲に対する代表的な方剤です。猪苓散に沢瀉、桂皮を追加したもので、五物猪苓散と呼ばれるようになりました。五苓散は原方も大事な処方だが、合方、加味方も良く用いられます。茵蔯五苓散や、柴苓湯などが挙げられます。