日本漢方の古方派を中心とした漢方薬、処方をご紹介します。一般の方から専門家まで馴染めるよう、改善例、処方薬味、適応疾患、使用目標、漢方の証、方意をご紹介。
炙甘草湯。傷寒論、金匱要略
改善例
シェーグレーン症候群。41歳、女性。漢方処方応用の実際より引用。
4、5年前から動悸を感じ、疲労甚だしく、腹満、腹痛がよく起こり眼が酷く乾燥し、顔面に浮腫みを生じ両手が痺れた。都立の某病院で以上の診断を元に約1年治療を受けたが、全く効果がなく紹介状をもって来院した。
中背、痩せ型で顏の皮膚に黒い色素沈着がおこり、軽度の甲状腺腫が認められた。手足が冷え、朝方は反って煩熱する。夜はよく眠れない、眼が乾燥するので乗物内では眼が開けられないという。心音が増強し、脈沈細数、腹部は全体に軟弱で臍の上部に動悸を触れた。腹証の心下悸と心気亢進、脈が速いこと、手足の煩熱、皮膚の色黒などを目標に炙甘草湯を投与した。
すると1週間後に動悸が減少し、顏の浮腫みが起きなくなった。3週間後、気分が良くなりあまり疲れなくなった。また浮腫みが取れたら痩せが目立ってきた。5週間後、眼が乾燥しなくなり食欲が盛んになった。
しかし、立ち眩み、痩せがあるので十全大補湯に変えたところ、1週間後再び悪化した。そこで再び炙甘草湯に変え、また心下部浸水音がみられたので茯苓、白朮を加えた。その後2週間たった頃から、また快方に向かい4週間後には甲状腺腫が無くなった。10ヵ月後全く健康らしくなり、1年半後にはだいぶ肥って中年の魅力ある婦人となった。
処方薬味
甘草 | 地黄 | 生姜 |
阿膠 | 麻子仁 | 桂皮 |
大棗 | 人参 | 麦門冬 |
適応疾患
バセドウ病、心臓病、大動脈瘤
使用目標
動悸、息切れに用いる方剤です。この場合の脈は頻数、不整脈などが多いが、もっぱら自覚的な症状の見られる人に用いる方剤です。また栄養が衰えて、皮膚が衰えて、疲れやすく、手足が灼熱し、口が渇き、自汗があり便秘するなどの症状が見られます。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。少陽病、虚証
- 十二臓腑配当。心、大腸
- 方意。心の虚証、気の上衝としての胸内苦悶感、心悸亢進、逆上せ、不整脈。虚証としての強度の疲労倦怠に燥証としての口乾、手足灼熱、紅頬、発熱。
芍薬甘草湯。傷寒論、金匱要略
処方薬味
芍薬 | 甘草 |
適応疾患
腎石、胆石などの疝痛発作、胃腸痙攣、神経痛
使用目標
急激に起こった筋肉の拘攣による症状、痛みに頓服として用います。拘攣が骨格筋に起きれば四肢、手足の攣急性疼痛となり、消化管の平滑筋に起きれば胃腸の痙攣性激痛となります。腹証は、両側の腹直筋が攣急していることが多いがこれも無いことがあります。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。陰陽にわたり広く用いられる。虚実にわたり広く用いられる。
- 十二臓腑配当。脾、胆、三焦、膀胱
- 方意。急迫、痙攣による横紋筋、平滑筋の痙攣による疼痛などの諸症状。
- 備考。病名に関わらず拘攣急迫するものを治す方剤です。鎮痙鎮痛の基本処方です。
瀉白散。医学正伝
処方薬味
甘草 | 桑白皮 | 地骨皮 |
粳米 | 乾姜 |
適応疾患
気管支炎、麻疹の肺炎、肺結核
使用目標
肺、気道のやや慢性に経過する炎症がある方で、これに自律神経系の興奮が加わり午後になると熱感や微熱、潮熱が見られる方に用います。
漢方の証、方意
方意。肺熱。特に午後の熱感、微熱、粘痰、口渇
十全大補湯。和剤局方
改善例
貧血。女性。漢方処方応用の実際より引用。
ある老婆が甚だしい貧血を起こして診察を受けに来た。他にはこれといって処見が無いのに、貧血は酷く、顏色も結膜も蒼白で少し歩いても動悸、息切れが激しくなるという。心臓にも貧血性雑音が聴こえた。大便の潜血反応は陰性で消化器からの出血はないものと考れた。
そこでこれには、重大な血液病でもあるのではないかと想像し、大学病院への紹介状を渡した。同時にとりあえず治療を進めておくつもりで十全大補湯を与えた。ところが1週間後に患者は大変元気になって再来した。結局1ヶ月ばかりで患者はすっかり元気になってしまった。
処方薬味
甘草 | 蒼朮 | 地黄 |
芍薬 | 茯苓 | 桂皮 |
黄耆 | 人参 | 当帰 |
川芎 |
適応疾患
諸種の大病後、または慢性病などで疲労、衰弱を来たしている場合の諸貧血症、産後および手術後の衰弱、白血病
使用目標
慢性病、大病後の虚弱者、老人、幼児などで体力、気力共に衰えた方に用います。疲労しやすい、皮膚枯燥、貧血、便が緩い、小便が渋る、頻尿、遺精、発熱、微熱、舌荒れ、頭や首の痛み、眩暈、精神不安などの種々の症状を呈し、食欲がない方によく用います。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。太陰病から少陽病、虚証
- 十二臓腑配当。脾、腎
- 方意。著しい虚証および血虚による疲労倦怠、顏色不良、貧血、るいそう、全身衰弱。燥証、熱証による皮膚枯燥。脾胃の虚証、心の虚証、腎の虚証。
- 備考。四物湯と四君子湯の合方に黄耆と桂皮を加えたものです。
十味敗毒湯、十味敗毒散。華岡青洲
改善例
蕁麻疹。24歳、女性。漢方処方応用の実際より引用。
5、6日前に魚を食べてから、全身に蕁麻疹が出て酷く痒く、そのため夜も眠れない。他の診療所でカルシウム剤、抗ヒスタミン剤などの注射をしてもらい薬ももらって飲んだ。注射では一時そう痒が軽快して、湿疹が消退するが半日も経つと再発してくる。レスタミンを飲むと眠いばかりで全然効果がないという。
食欲もあまりなく便秘をしている。体格は中位でやや痩せ型、全身の皮膚が潮紅し、栗粒大の丘疹があるが、特に四肢が酷く丘疹も多い。脈緩、白苔あり、腹部は肉付き中等で、腹筋も緊張も普通であるが、左季肋下に軽度の抵抗と圧痛を認め、臍の右上で動悸が著明に亢進している。聞いてみると非常に疲れると答えた。
左季肋下の抵抗圧痛を胸脇苦満と考え、柴胡の入った十味敗毒湯を用いた。なお、口渇と発疹部の熱感を目標に石膏を加え、排毒の効果をたかめるため連翹を加え、十味敗毒湯加石膏連翹とした。
ところが翌日強い腹痛を発し、その後大量の便通があった。すると症状は急速に軽快し、たちまち夜よく眠れるようになった。4、5日後には、風邪にあたるとその部分に少し発疹する程度にまでなり、約10日間で全治した。この場合の腹痛と大量の便通は、古人が瞑眩と言った現象の1つであろう。
処方薬味
桔梗 | 独活 | 生姜 |
防風 | 川芎 | 桜皮 |
茯苓 | 甘草 | 柴胡 |
荊芥 |
適応疾患
セツ、癰、疔、筋炎、リンパ腺炎、皮膚炎、湿疹
使用目標
セツ、疔などの化膿性腫物が次々と続発する方、慢性、急性蕁麻疹や、亜急性以後の皮膚病で掻痒感のある方に用います。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。少陽病、虚実中間から実証
- 十二臓腑配当。心包、大腸
- 方意。表の熱証、表の湿証による化膿傾向、激しい掻痒感、身疼痛、濃厚な膿汁、精神症状。体内に蓄積して皮膚に病変を起こす毒を解しての中和。
- 炎症性疾患の初期に用います。連翹、大黄、石膏などを加えることで、より一層病毒の排出や化膿防止の効果を増します。