日本漢方の古方派を中心とした漢方薬、処方をご紹介します。一般の方から専門家まで馴染めるよう、改善例、処方薬味、適応疾患、使用目標、漢方の証、方意をご紹介。
加味温胆湯。万病回春
改善例
不眠、青年。漢方処方応用の実際より引用
患者は痩せて顏色の悪い、腹部で心下部振水温を認める方で5、6年前から夜眠れず、各所の大病院にかかって薬をもらいましたがどんな薬も始めの2、3日は効くのですがその後は絶対に効果がなくなるのだそうです。
それで、いろいろな自分で買い求めて飲んでみましたが同じ量では、だんだんと効かなくなり、しまいには手足が痺れ、それなのに睡眠の方は少しもとれなかったそうです。
その為、夜になるのが辛く、なかなか眠れない夜を過ごしていました。この患者に加味温胆湯を投与したところはじめは夜眠れなくても薬を飲んでいると気分が落ち着き、寝床に横になっていられるので、翌日はそれほど辛くないと言っていましたが、次第によく眠れるようになりました。
処方薬味
甘草 | 半夏 | 生姜 |
竹葉 | 茯苓 | 酸棗仁 |
玄参 | 人参 | 枳実 |
地黄 | 陳皮 | 遠志 |
大棗 |
適応疾患
不眠症、多夢、健忘症、ノイローゼ、うつ病、慢性胃炎、胃下垂
使用目標
気分が優れなかったり、息切れ、心悸亢進、疲労倦怠のある方に用います。四肢浮腫のある方にも用います。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。少陽病、虚実中間からやや虚証
- 方意。少陽病、虚実中間からやや虚証
- 備考。二陳湯に竹茹、酸棗仁、枳実の主に寒性の生薬を加味したものです。
加味帰脾湯。済生方
処方薬味
甘草 | 白朮 | 生姜 |
黄耆 | 茯苓 | 酸棗仁 |
大棗 | 竜眼肉 | 柴胡 |
遠志 | 木香 | 当帰 |
山梔子 | 人参 |
適応疾患
貧血、不眠症、精神不安、神経痛
使用目標
体力の低下した虚弱な人で顔色が悪く貧血気味で、精神不安、心悸亢進、物忘れがあり、夜は良く眠れず取り越し苦労ばかりし、あるいは発熱盗汗があり四肢がだるくなり、身体が衰弱して熱の出る方に用います。
女性の場合、生理不順をきたしたりする方もいます。また考え事や心配事が多く、或いは下血、吐血などの出血がある方に用います。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。太陰病より少陽病、虚証
- 十二臓腑配当。腎、胆
- 方意。上焦の熱証による不眠症、感情不安定、多夢などの精神症状。虚証による貧血、疲労倦怠
- 備考。紫根を加えて骨髓免疫、脾臓、造血関係の異常のある方によく用います。
加味逍遙散。和剤局方、寿世保元
改善例
ヒステリー、37歳、女性。漢方処方応用の実際より引用
患者は上逆、不安、心悸亢進、意識障害を訴え、11年前に人工中絶のため掻爬手術を2回うけた。するとその後、上衝、めまいなどが起きた。しかし、これらの症状は間もなく治った。
ついで10年前、卵管結紮の手術をうけたところ、その2年後から月経過少となり結婚前には1週間位あった月経が1日しかみられなくなった。さらにその1年後から上衝や体のふるえ、めまい、腰痛、不眠症、手のしびれ感などがおこり肩背が酷くこり、疲れやすく、しばしば不安になって気が狂いそうな気持ちになった。女性ホルモンの注射をうけると生き返ったように楽になったが、最近はそれも効果がなくなった。
現在、体格中等で肉づきやや肥満型で筋肉は軟弱で、いわゆる水ふとり型、体質は風邪を引きやすく、のぼせ性で疲れやすい、理学的診断上は著変がない。
漢方的には脈沈にして右やや弦、腹部は心下部に抵抗圧痛があり下腹が他覚的に冷たい。性格温和だが、小心、敏感、ものごとを気にしやすく心配性である。
加味逍遙散を投与したところ、1ヵ月後に非常に好転し月経時に興奮状態になることがなくなった。6ヶ月頃には月経血は正常になり月経期間も2、3日間は月経があるようになった。この患者は約10ヶ月の治療で10年来の本病がすっかり良くなった。
処方薬味
甘草 | 白朮 | 生姜 |
芍薬 | 茯苓 | 当帰 |
山梔子 | 薄荷 | 柴胡 |
牡丹皮 |
適応疾患
更年期障害、血の道症、生理不順、流産や人工中絶および卵管結紮後に起こる諸神経症状、不妊症、湿疹、指掌角皮症、慢性肝炎、肝斑、疳癪持ち、神経性発熱
使用目標
虚弱な体質の婦人が、手足が冷えやすい、末端冷え症のに時々全身が熱くなり、よく肩が凝り疲れやすく頭痛、頭重感、眩暈、心悸亢進、動悸、不眠などを訴えて精神不安、憂うつ感などの精神神経症状があり、或いは微熱が続き、大抵の場合は、月経異常を伴う方に用います。月経異常としては、生理不順、月経寡少、暗赤色の血痕やコーヒー残渣様の経血が下るものなどがあげられます。
この証の方は、痩方の婦人が多いですが中には肥満型の方もいます。しかし太っていても、筋肉は軟弱で、いわゆる水ぶとりのような体型の方です。
初めて診察室へ入ってきた時の態度や顔つきでも加味逍遙散証は見分けられます。不安そうな態度や顏、憂鬱な顏、疑わしそうな顏、はきはきしない言葉つきなどです。初めはしゃべりたがらない態度でも次第に話し始め、こちらが黙っていると、おしゃべりが尽きない方もいます。自分の辛さ苦しさを一つ残らず話そうとするようです。
また、紙に症状を書いてくる患者も多いようです。女性の場合は加味逍遙散をまず考え、柴胡加竜骨牡蠣湯や女神散、人参湯なども考慮します。「あなた、自分で辛い症状があるでしょう」「身体のことが気になるでしょう」という問いかけに対する答えがポイント。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。少陽病、虚実中間から虚証
- 十二臓腑配当。心、胆
- 方意。胸脇の熱証による発作性の灼熱感、胸脇苦満、不定愁訴、感情不安定などの精神症状。瘀血による月経異常、のぼせ、冷えに対する方剤です。女性に使う場合がほとんどです。胃腸虚弱で消化力が弱く、空腹にならず、食欲がなくて太りたくても太れない方に使うこともあります。女性で、その胃腸症状を大変気に病んでいる方に。大抵便秘があり、加味逍遙散で便通がよくなる場合が多いようです。便秘と下痢を繰り返す方は下痢が止まって便通が良くなるようです。
- 備考。血の道の良薬として神経質な婦人のいろいろな神経的訴えに用いられます。逍遙散に山梔子、柴胡を加えたものです。逍遙散はその名の通り、逍遙性の熱がある時に用いられます。これは古方でいう少陽病の時期で虚証です。茯苓、白朮があることから水毒を兼ねていることが考えられます。加味逍遙散はこれに牡丹皮、山梔子を加えたものですから、更に瘀血を去る梔子の効果があると思われます。
加味腎気円、牛車腎気丸。済生方
改善例
53歳男性。漢方処方応用の実際より引用
48歳頃から排尿にかかる時間が長くなってきた。53歳の頃には残尿感も感じるようになり、夜トイレに起きる回数が3回以上と多くなった。
泌尿器科では前立腺肥大と診断される。夜間頻尿でぐっすり眠れない為か疲れやすく性欲も減退している。手足の痺れもあり、夕方になると足が浮腫む。
胃腸は丈夫なので牛車腎気丸を処方。1週間ほど服用したところ、夜間排尿が1回に減少。この結果、夜ぐっすり眠れるようになり日中元気に仕事に取り組めるようになった。頻尿が改善しても前立腺肥大そのものが解消したわけではないので漢方の服用を続けながら前立腺の状態に注意していくことにした。
処方薬味
地黄 | 山茱萸 | 山薬 |
澤瀉 | 茯苓 | 牡丹皮 |
桂皮 | 附子 | 牛膝 |
車前子 |
適応疾患
下肢痛、腰痛、痺れ、老人のかすみ目、排尿困難、浮腫み、頻尿
使用目標
下肢の痛み、腰痛、下肢の浮腫などに重点が置かれています。老人の腰痛、特に男性に良いようです。尿利の減少、蛋白尿に重点を置いて若い女性に本方を使い、扁桃腺炎後の腎炎、産後の腎炎にも応用できます。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。太陰病、虚証
- 十二臓腑配当。腎
- 方意。腎の虚証による尿不利、蛋白尿、燥証による口渇。兎糞状便秘、水毒による下肢の浮腫、手足の冷え。気の上衝による頭痛、逆上せ、心悸亢進、息切れ。血証による出血貧血
- 備考。八味丸に牛膝、車前子を加えたものです。症状として八味丸証には、口渇、尿不利、頻尿があるが、牛車腎気丸証は尿不利のみです。原文には「腎虚で腰重く脚が腫れ小便不利するのを治す」とあります。附子の適応症は陰証であること。体型は細くて痩せているか、反対に水太りのブヨブヨしている人。舌は濡れているか、少なくとも舌苔はないことを確認する。
括呂枳実湯。万病回春
改善例
喘息、65歳、男性。漢方処方応用の実際より引用
患者さんは大変なタバコ好きで、またコーヒーの愛用家だった。当時歳60歳ばかりで頑健な体格の患者さんは、数多い教室員の指導で夜はほとんど眠らず朝方から午前中に睡眠をとるという生活を数年続けられた。
ある冬、教授は以前からの喘息が酷くなって大学も休まれるようになった。多くの弟子達は、これは大変と入れ代わり立ち代り、薬や注射をすすめたが、なかなか良くなられなかった。
ある日、私が漢方薬の相談を受けたので喘咳、息切れ、口渇などをめあてに麻杏甘石湯を1週間ほど差し上げた。しかしこれは全く無効で、先生がタバコのみで咳は朝方ひどく、痰が切れにくいのを目標に括呂枳実湯に変えてみた。
ところがこの薬は苦いと言って、教授は数日で服薬を止めてしまわれた。けれども喘息の方はその時から良くなっていった。
処方薬味
甘草 | 貝母 | 生姜 |
当帰 | 茯苓 | 栝楼仁 |
陳皮 | 縮砂 | 木香 |
黄芩 | 枳実 | 竹葉 |
山梔子 | 桔梗 |
適応疾患
感冒、上気道炎、急性気管支炎、慢性気管支炎、気管支拡張症、肺炎、肋膜炎、喘息、肺気腫、肺結核症、肋間神経痛
使用目標
胃内の熱と飲食停滞によって、二次的に生じた乾いた痰を潤すことが目標となります。呼吸困難や咳嗽、共通があり、乾いた濃い粘った痰を吐くが、なかなか出ない方、臥すと息苦しく咳嗽すると胸が苦しく、咳嗽すると胸に響いて痛み、呼吸が止まるような気がする方に用います。
内熱の為小便は赤く脈は滑らかで力があります。早朝から正午ごろまで咳嗽が強い方に特に効果的です。
漢方の証、方意
- 病位、虚実。少陽病、実証
- 方意。肺の燥証、肺の熱証による濃厚な喀痰、咳嗽、胸痛、呼吸困難
- 備考。小陥胸湯が元になる薬方です。