漢方処方にて腰痛などの関節の痛みが改善する理由

腰痛

蒼朮は神経痛、リウマチなどの痛みに。漢方研究会で発表

漢方太陽堂が発表報告した論文。
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腰痛

2007年11月、伝統漢方研究会第4回全国大会。日本、有馬向陽閣

丹波千香子。福岡県、太陽堂漢薬局
福岡県福岡市、日本

諸言

関節痛が起こる原因は多々ある。現在西洋医学的治療としては内服で痛み止め、外科的療法として牽引、温熱赤外線療法、ヒアルロン酸注入、水を抜く、手術などがあり、温熱、赤外線療法以外は対処療法的治療である。
最近、健康食品としては、グルコサミン、コンドロイチン、コラーゲン、ヒアルロン酸などの関節成分を飲んで改善される事例が出てきた。しかし、漢方処方にて痛みに使われる桂枝加苓朮附湯、桂枝二越婢一湯加苓朮附湯、防已黄耆湯系統には、これら関節の構成成分は全く含まれていない。にもかかわらず、昔から関節痛に広く使われている。
骨の構成成分を含まない漢方処方がどのように骨、関節に働きかけるのかを漢方理論と痛みの原因から検証し、ここに報告する。

症例。63歳女性身長155センチ、細め、虚証タイプ

初来局。平成19年4月
主訴。腰痛、すべり症
既往症。腰痛、痔、時々膀胱炎になる。
現病歴。腰痛は数年来。
来店時所見。腰痛も痔もお悩み
経過。
4月初投薬
腰痛。胃の臓腑病、0.4合、3プラス。防已黄耆湯合桂枝加朮附0.6
5月。胃の臓腑病、1.1合、2プラス。防已黄耆湯合桂枝加朮附0.6
歩くのは良いが、長く歩くと腰が痛い。
6月。胃の臓腑病、1.7合、2プラス。防已黄耆湯合桂枝加朮附0.6
痛みは左右移動する。以前は草むしりをしてすぐに立てなかったが今は楽。できることが増えた。
7月。胃の臓腑病、2.3合、2プラス、防已黄耆湯合桂枝加朮附
以前は痛みが移動したが、今は右のみ。長く歩くと痛むが、それ以外は大丈夫。
痛みは右腰から膝へ向かう側面側。
防已黄耆湯合桂枝加朮附0.6、3分の2へ減量。今も経過観察中である。

考察

桂枝湯は骨疾患に用いないが、それに蒼朮を加えた桂枝加朮湯、更に附子を加えた桂枝加朮附湯は骨疾患に用いる。このことから、蒼朮の不思議が見える。

蒼朮は神経痛、リウマチなどの痛み疾患あるいは胃薬によく用いられている。蒼朮は中医学的には、脾、胃に配当されるが、糸練功では、脾瀉、腎補と確認されている。脾瀉によって胃腸の湿を去り、胃腸薬として、腎補によって関節痛、神経痛などへ働いている可能性がある。但し、蒼朮によって去る水は胃腸の表から半表半裏の水であり、裏の水には白朮、脾補が働く。一般的には水分の停滞を去り、尿利を増し、四肢や関節の痛みを止めるとされている。

実際、越婢湯、越婢加朮湯、越婢加苓朮湯の例からもわかるように、順に作用が虚証へ傾くことからも、関節へ用いる際は蒼朮の腎補の働きが影響しているのだろう。蒼朮が風湿を去ることは昔から知られてきた。
吉益東洞の方機、桂枝加朮附湯の項には、湿家、骨節疼痛すもの、或いは半身不遂、口眼カ斜する者、或いは頭疼重の者、或いは身体麻痺の者、或いは頭痛劇しき者に用いるとされている。つまり、この方は体液の全身的な不足状態ではなく、体液の偏在や水分代謝異常などによる湿、水毒が体表部にあることが目標となる。

附子と朮の組み合わせだけでは利水作用が強いが、これに茯苓を加えるとその作用がマイルドになり、虚証にも使用できると経験から予想された。
関節にて、蒼朮をはじめ漢方的生薬の働きを考えてみよう。

一般的関節の痛みの場合、比較的若年
  1. 経筋の証、瘀血、五志による痛みがあればこちらも治療
  2. 骨自体は損傷を受けておらず、その周辺の水分を多く含む関節包や軟骨に対し、蒼朮が水を動かして影響している可能性がある。水の動きによってミネラル分も動き、骨への原料供給を若干スムーズにしている可能性がある。
  3. 麻黄加苓朮湯、桂枝加苓朮湯、越婢加苓朮湯、葛根加苓朮湯、二朮湯、これらの薬方は、程度、部位によって使い分けるだけであり、蒼朮の水への働きをスムーズにするためのものかもしれない。
  4. 長引いた疾患になると、少陰病となり各処方へ附子を加えて用いる。蒼朮の骨、関節への働きを助けているのかもしれない。
応用1
  1. 椎間板ヘルニアについて、漢方的に考えてみると
    椎間板ヘルニアは、水を含んだ軟らかいゼラチン質である椎間板が、骨と骨の間で押しつぶされ、脱出してしまった状態である。脱出には長期かかるため陰証、附子剤が適応。
    また椎間板は軟骨と同じように水分を多く含んでおり、この部分に蒼朮が働くと考えられる。
  2. 脊椎管狭窄症について、漢方的に考えてみると
    脊椎管狭窄症は、馬尾神経が入っている脊柱管が押しつぶされ狭くなり、馬尾神経を圧迫し痛みが起こる疾患である。
    老化に伴う脊椎骨の変形、周囲の靭帯の肥圧化や椎間板の変性、骨棘の形成などにより、脊柱管が狭くなるために中の神経が圧迫を受けてしまうこと等が原因であるため、慢性的状態であり、長年かかって起こっている状態である。
    押しつぶされているため、周囲への影響もある。老化に伴って骨棘が形成され、骨自体の疾患となっている場合は次に述べる年配者の例が適応となるが、周囲の靭帯の肥大化や椎間板の変性が原因の場合は、この部分に多く水分が含まれているため、こちらに蒼朮が働くと思われる。長年かかって起こっている状態であり患部は陰証までおちていると思われる。そのため、附子剤が適応となる。
  3. 次に、年配者の一般的な骨疾患とその薬方を考えてみた。
    漢方太陽堂の今までの経験から、防已黄耆湯加味方は年配の男女、特に女性によくある証である。
    防已黄耆湯の関節痛に使う加味方としては、防已黄耆湯加麻黄、合方例としては桂枝加苓朮附湯、桂枝加朮附湯、越婢加苓朮附湯、越婢加朮附湯が挙げられる。
  桂枝 芍薬 甘草生姜大棗 麻黄 石膏 蒼朮 茯苓 附子 防已 黄耆
防已黄耆湯            
桂枝加苓朮附湯        
越婢加苓朮附湯        

上図のように、防已黄耆湯と合方しても、違いは各処方に防已と黄耆の2味を加えるのみである。防已黄耆湯自体も老人性の関節症によく用いられる。防已黄耆湯系統の痛み疾患への働きを検討した。
年配男女がかかりやすい骨疾患は、骨粗しょう症、変形性関節症が挙げられる。

  1. 骨粗しょう症の状態を考える。骨を形成する骨塩の絶対量が減少。成分比率は正常。
    骨折しやすい。実際に軽いヒビ程度だと検査ではひっかからないが、多く発生していると予測できる。
    老化はあるので、軟骨や関節包などのトラブルもあると予測できる。
  2. 変形性関節症の状態を考える。
    骨棘の形成、悪化すると砕けた骨が関節に存在。肥厚した滑膜、関節軟骨の破壊と消失

以上から、共通点は、軟骨や滑膜、関節包だけでなく、骨自体のトラブルがあることがわかる。つまり、防已と黄耆をプラスすることによって、骨自体へのトラブルへ応用できるようになるのではないだろうかと予測できた。
つまり、老年期の関節痛みの場合

  1. 防已はツル性の生薬。ツル性の生薬は水を通し利する働きがある。水を動かすことによってミネラル分も動き、蒼朮の働きを助けている可能性がある。
  2. 黄耆は表を閉める働きがあり、蒼朮によって均衡を保たれた骨にあるミネラル分や、滑膜内、軟骨の水分を逃さず、保ってくれる可能性がある。
    防已黄耆湯、防已黄耆湯加麻黄。この2種は陰証まで落ちていない、急性。
    防已黄耆湯合桂枝加苓朮附湯。防已黄耆湯合越婢加苓朮附湯、慢性。
    これらの違いは患部の状態や方向性であり、防已、黄耆、蒼朮が入ることで骨自体への疾患に対し、働いている可能性がある。
  3. 以上から、若年性で骨まで異常がない疾患には蒼朮を使用したもの、老人性などで骨まで異常がある場合に防已と黄耆を各処方へプラスし、蒼朮の働きを高め、体内へミネラルや潤い成分を補給しなくても、体内の利用環境を整えることで漢方が身体へ好影響を与えていると考えられた。
応用2
  1. 脊椎分離症、すべり症を漢方的に考えると
    分離症、すべり症は先天性のものもあるが、多くは後天性。老化や若年時の過度のスポーツによって腰の一部の骨が切れている。骨自体の疾患であるから、若年性でも防已黄耆湯系統が適応する場合があると予測できる。
  2. 骨折を漢方的に考えると
    急性期は瘀血があるため、駆瘀血剤などを使用するが、骨自体の疾患であるから、防已黄耆湯系統の証も存在するはずである。しかし、若年の場合は漢方治療の必要はなく、瘀血をとるだけで自然治癒するのであろう。

結語

調べていくと、蒼朮には他にも多くの働きがあるようだ。関節疾患以外でも蒼朮は使われている。
蒼朮入りの薬方を、現在よく用いられているグルコサミンやミネラル製剤と併用すると違うポイントから治療できるため、更に改善の可能性は高まると思われる。
様々な方向から治療し、少しでも可能性を上げることが必要と考える。

使用薬方産地

防已黄耆湯合桂枝加苓朮附
桂皮、ベトナム桂通。白芍薬、日本。大棗、中国河南。生姜、中国
防已、日本。甘草、中国内蒙古。茯苓、北朝鮮。蒼朮、中国
附子、中国。黄耆、中国
参考資料
漢方212処方の使い方
じほう、漢方210生薬解説
じほう社、病気の地図帳
講談社、漢方基礎理論、重要処方解説、東海漢方協議会編