ゴビ砂漠の漢方薬

漢方コラム

2023年2月24日。写真は、ゴビ砂漠の砂上から撮ったオアシスの町です。

万里の長城の地黄

30年近く前に初めて中国を訪れました。その当時は北京でもまだ人民服を着た方もいらっしゃいました。秦の始皇帝が造った万里の長城を訪れたのもその時です。案内して下さった中国の方が、「現在、観光名所になっている万里の長城は後世に作りなおされた長城です。昔の万里の長城はあれです。」と教えて下さいました。

高さ1メートル強の野ざらしの石積みでした。「昔はもっと高かったのですが、近所の農家の方々が段々畑を作るのに石を持ち出し、だんだん低くなっています。」との説明を受けました。

万里の長城の周辺には漢方薬の地黄が雑草として生えていました。万里の長城に登ると長城より南側には地黄が生えています。しかし長城の北側には地黄が生えていなかったのを覚えています。地黄の植生に不思議だなと思ったのを記憶しています。

その後、雲南省の花博覧会に参加した時、大地黄と表記された植物を見ました。地黄と全く同じ葉っぱで地面に覆いかぶさるような咲き方も一緒です。ただ大きさが4、5倍有りました。大地黄はなんと強心剤のジキタリスだったのです。

ゴビ砂漠の麻黄

その後、10数年してゴビ砂漠に行った時に砂漠の中に万里の長城が有ったのです。驚きでした。北京より数百キロです。遠く離れたゴビ砂漠の中に万里の長城を観た時は感激でした。北京の近くの立派な石積みの長城ではなく、ワラと泥を交互に組んで作られた高さ2、3メートルの長城です。砂漠で湿度が低いためか保存状態は良かったです。

ゴビ砂漠の万里の長城には関所が有りました。その関所は崩れ落ちています。付近には古代の瓦が散乱していました。私は一部の瓦を記念に持ち帰りました。その瓦はスタッフが厳重に保管した為に今は行方不明ですが。

ゴビ砂漠には漢方薬の麻黄が自生していました。体表の水を捌く漢方薬の麻黄。殆ど水の無い砂漠の地表部分で水を捌く能力を得ているのかもしれません。

オアシスの甘草

ゴビ砂漠の途中の休憩所です。トイレに行くと道端に漢方薬の甘草が雑草として咲いていました。

車でオアシスの周辺まで行きました。甘草がオアシスの周辺には大量に咲き乱れています。案内をしてくれた中国の方は「子供の頃はアルバイトで甘草を収穫していました。今は他のバイトの方がお金になるから誰も採らない」とのこと。

日本では東北甘草と西北甘草が使われます。この2種類の甘草を粉砕機にかけると、質の良い東北甘草は末になり易いです。西北甘草は綿状になり、末になり難く苦労した経験があります。西北甘草の線維と東北甘草の線維は質が異なるのだと思われます。

根物の生薬の鑑別は

  1. 太い事。黄芩を除く。若い根ではなく充実した根物を選びます。
  2. スカが無い事。年を取りすぎ太くなりすぎるとスカが入り線維が多くなります。一時日本人が飛びついた田七人参の10頭根など気を付けなければなりません。7年以上の大きくなった田七人参は不可です。田七人参は3年から7年物、名前の通りやはり三七人参です。
  3. 必要に応じ外皮を俢治。外皮の毒性を除きます。
  4. 出来るだけ乾燥。薬用人参などは、叩くと金属音がするまで乾燥し固めます。硬い細胞膜が壊れやすく成分が抽出されやすくなります。

質の良い東北甘草は供給が年々少なくなっています。価格的に高いからか、甘草の採取で砂漠化を招くからか。線維の多い根物生薬はスカと同様に良くありません。太陽堂漢薬局では30年前から東北甘草を使っています。

ゴビ砂漠の甘草の下から芒消の層

野生の甘草を掘っていると土の下から白い層が出てきました。芒消です。海水が内陸で乾燥し岩塩や石膏、芒消などが堆積します。

朴消と芒消

朴消は硫酸ナトリウムです。芒消は硫酸マグネシウムです。本草綱目の著者の李時珍は硫酸ナトリウムを芒消と勘違いしていました。

日本でも幕末に西洋から輸入された硫酸ナトリウムを芒消と間違えてしまいました。そのため現在でも硫酸ナトリウムが使われたりもします。しかし正倉院に保存されている芒消は硫酸マグネシウムです。

朴消、硫酸ナトリウムも芒消、硫酸マグネシウムも元は海水です。五味は鹹です。潤し軟らかくし降ろす働きは同じです。両者とも腸内で殆ど吸収されず水分を吸着し便を軟らかくします。便通に関してはどちらも同様の働きがあります。

朴消と芒消の使い分け

精神神経症には芒消マグネシウムより朴消ナトリウムの方が効果が有るように感じます。例えば、桃核承気湯を統合失調症などに使用する時は朴消ナトリウムを使用した方が良く、防風通聖散などには芒消マグネシウムの方が良いと思います。

漢方薬は植生で効果が異なる

漢方の薬理学で最初に書かれたのが、神農本草経です。神農さんはあらゆる草を舐め、その薬性を判断したと言われています。神農さんは漢方薬と農業の神様で牛のように頭に角が生えていたと言い伝えられています。漢方の薬理学は、その後、李時珍の本草綱目で完成しています。

東洋医学の薬理学をご紹介します。形象薬理学が基本となります。

防已

例えば防已と言う生薬は蔓です。地面に下へ這う傾向があります。蔓ですのでストローの様に水を通す働きで、漢方では下焦、下半身の水毒に使用する生薬になります。

葛根

同じ蔓で葛根は上に伸びていきます。葛根は上焦、首から上に使う生薬です。また葛根の花は紅色です。そのため紅色の静脈血に使用します。葛根は、血液中の水分が減少し静脈血が欝滞した時に、蔓ですので水分を流し静脈血を薄め血滞を解消しますす。

柴胡

色々な漢方薬に配合されている生薬に柴胡があります。鹿児島では小学生の私達の小遣い稼ぎにセコ取りが有りました。セコは柴胡の事です。航空隊が有ったためか、その当時はまだ戦争中の爆撃の痕が残っていました。爆弾の穴の北側の斜面、日当たりの良い所に柴胡は生えていました。シラス台地で斜面で水捌けが良く、日当たりの良い所です。水捌けの良い所に生える柴胡は、体内の湿、余分な水分を除きます。

形象薬理学

日当たりの良い所で育つ生薬は血毒を解消する傾向があります。黄柏などもそうです。逆に日陰で育つキノコなどの菌糸体は水毒に働く傾向が有ります。柴胡は日当たりの良い所に生えますので血熱を冷まします。

清流の水辺に咲く薏苡仁は、水毒に働きます。薏苡仁は固い穀物です。固いイボを取る働きがあります。柔らかいイボには効きません。

春に咲く紫の美しい藤の花。夏の台風などの風で、藤の枝と枝が擦れ合います。擦れ合った部分に腫瘍の様なコブが出来ます。生薬名は藤瘤と言い腫瘍に使います

東洋医学の薬理学は形象薬理学という例です。

血毒の原因とは

漢方には似臓補臓の原則があります。似た臓器はその臓器を補うと言う考え方です。肝臓の弱い人にはレバーを食べさせ、心臓の弱い人にはハツを食べさせます。発達障害の子には猿頭霜、猿の頭の黒焼きを投与します。

同様に東洋医学の形象薬理学では、赤い酒査鼻には赤い紅花を使用します。黄疸には、黄色い漢方薬の黄連、黄芩、黄柏、黄耆を使用します。心臓の形をした杏仁、薤白の名のラッキョウは心臓のお薬です。処方例として、茯苓杏仁甘草湯。括呂薤白白酒湯など心臓の漢方薬が有ります。

漢方の血剤には脂性成分が多く入っています。脂性成分は油脂の毒を消します。血毒の原因は油脂の摂りすぎです。或いは油脂の代謝異常でも血毒が生まれます。

排便は身体の不要となった脂溶性物質の排泄です。水性の排泄物は尿です。便秘をすると脂の排泄が上手く行われないので、血毒の原因となります。血毒を除くには、便秘を整え野菜等の線維を多く摂ります。

漢方薬のコラボレーション

甘麦大棗湯と言う漢方薬が有ります。激しい精神興奮や痙攣などに使用される薬方です。発作時は頓服として用います。ヒステリー、統合失調症、癲癇、夜泣き、不眠症、胃痙攣や腹痛、子宮痙攣、咳など激しい症状や興奮状態に用います。癲癇の大発作では繁用薬方となります。ご自分の意思でコントロールできない状態に使用される薬方です。

アトピー性皮膚炎などの激しい痒みは、トラウマになり必要以上に掻いてしまうことがあります。掻くとそれが刺激となり炎症反応が進みアトピー性皮膚炎などは更に悪化します。以前、近畿大学の発表では皮膚病で掻きむしる患者さんに甘麦大棗湯を投与すると1ヶ月ほどで改善することが報告されています。

この甘麦大棗湯の処方構成は甘草、大棗、小麦の3味です。甘草は、食品に甘みを付けるため醤油やその他に配合されます。またタクアンの黄色の色付けにも使われます。大棗は、ナツメの実です。ドライフルーツや子供のおやつに成ります。小麦は、小麦です。3味は、どれも食品です。単独で食べても効果はありません。

しかし1800年前の漢方の古典である金匱要略に記載通りの分量で混ぜると漢方薬の甘麦大棗湯が出来あがり、非常に効果がシャープな漢方薬になります。漢方薬は薬味単味ごとの働きや生薬成分ではなく、経験に基づく組合せによるコラボレーションの産物です。