2021年1月12日。写真は長崎市、眼鏡橋です。
皮膚掻痒症の漢方治療
漢方に相談に来られる患者さんで、皮膚掻痒症の患者さんは意外と多いです。掻痒症は発疹が無いのに痒みが酷い疾患です。
望診でも痒みを訴えるのに発疹などがありません。痒みが酷いのか引っ掻き傷が目に付く場合が多い疾患です。
三陰三陽
漢方での診断はアトピー性皮膚炎の様に燥湿ではなく、蕁麻疹と同様に三陰三陽で診る方が判断しやすい疾患です。
表から半表半裏が中心となりますので、太陽病や少陽病の病位の患者さんが多いです。太陽病の桂枝湯関係、麻黄湯関係、葛根湯関係。桂麻各半湯や桂枝二麻黄一湯なども汎用されます。少陽病では解毒関係の黄連解毒湯、黄連解毒湯の合方である温清飲、茵蔯五苓散、消風散。
陽明病位になりますが、解毒作用の強い茵蔯蒿湯なども汎用されます。
五志の憂
また五志の憂の精神的な問題で痒みが出る事があります。糸練功や入江FT、オーリングテストが出来る方は前頭部で確認すると良いでしょう。この場合、五志の憂の治療をすると痒みが解決する場合が多いです。
下焦の肝経
肝経に沿った陰部を中心とした下焦に痒みが集中する時は、肝経の湿熱を取る竜胆瀉肝湯が適応する場合が多いです。トリコモナスなどの感染症のファーストチョイスにも竜胆瀉肝湯は使われます。
老人性皮膚掻痒症
また漢方相談に非常に多いのが、老人性皮膚掻痒症です。年齢が上がると皮膚が乾燥し始めます。乾燥が原因で痒みが生じます。冬場は空気が乾燥しているため痒みを訴える事が多くなり、夏場は湿度が上がるため症状が落ち着きます。50歳を境に男性に多いですが、女性にも多い掻痒症です。
老人性皮膚掻痒症は当帰飲子で改善します。ある程度、服薬を続けると来年は再発しません。当帰飲子の補助剤には牡蠣肉エキスが良いです。当帰飲子と牡蠣肉エキスを併用すると改善が圧倒的に早くなります。
当帰飲子は四物湯の加味方です。四物湯は腎の臓に配当され滋潤作用が主な働きです。牡蠣肉エキスも五味は鹹で腎に配当され滋潤作用があります。また牡蠣肉エキスには脾の臓に配当される竜骨と同様な働きもあり代用もできます。牡蠣肉エキスのアミノ酸の働きだと思われます。
老人性皮膚掻痒症が皮膚の老化が原因であることを考えれば、漢方薬で皮膚の乾燥と言う老化を部分的にでも止めるのかもしれません。
日光性皮膚炎
また当帰飲子は老人の日光性皮膚炎にも著効を示す場合が多いです。春先に日差しが強くなりだした頃、日光の当たる箇所に皮膚炎が出来ることがあります。私は、この疾患にも当帰飲子と牡蠣肉エキスで何回も著効を経験しています。
日光性皮膚炎は、野菜やクロレラなどの葉緑素が変化した色素や、服用した化学薬品が皮膚に沈着し紫外線と反応し生じる事もあります。火を通し過ぎて茶色く変色した野菜や、高菜の漬物なども葉緑素が変色、変化しています。日光性皮膚炎の方は気を付けないといけません。
漢方薬選別の決め手
漢方薬を選別するには漢方理論を学ばなければなりません。漢方の基礎医学、解剖学である気血水理論、臓腑理論、三陰三陽。病性である虚実、寒熱、燥湿。病向である収散、升降。他。
更に漢方の薬理学である本草学。臨床医学である古典の傷寒論、金匱要略など。東洋医学は非常に奥が深く、西洋医学の知識を一度捨てなければ理解できない世界です。10年勉強しても道半ばにも達することができない医学です。
しかし漢方薬選別の決め手になるものも多くあります。トリコモナスの竜胆瀉肝湯、老人性掻痒症の当帰飲子、年配者の日光性皮膚炎の当帰飲子などの処方はファーストチョイスです。
- 風邪をひいて寒気がする時に筋肉痛、肩こりや身体痛などが有れば葛根湯。葛根湯証の悪寒、筋肉痛に、更に膝や肘などの関節痛が加われば麻黄湯が選択できます。
- 自律神経失調症やうつ病、不眠症などにて、患者さんが紙に症状をいっぱい書いてきたら加味逍遙散。
- 同じく自律神経失調症やうつ病などで、喉の詰まりを訴えたら半夏厚朴湯。
- 不眠症で寝ぼけや寝言が多いと甘麦大棗湯。
- 更年期障害などで首から上の発汗や頭汗が多いと柴胡桂枝乾姜湯。
- 小児のチック症なら抑肝散加芍薬。
その他、多数の決め手が漢方の世界にはあります。決め手により改善しない場合は、漢方の奥深い勉強をしないと治せません。
ちなみに私は幾人かの先生に師事し漢方の勉強が15年を過ぎた頃、全国を毎週のように講師として廻っていました。しかし私自身が漢方の最低限のレベルになったと感じたのは、漢方を始めて20年以上の月日が流れてからです。40年以上経った現在でも、まだまだ勉強不足を痛感するのが漢方医学の世界です。
漢方は急性伝染病のための治療医学
漢方薬は慢性病が得意と思われています。しかし漢方医学は急性伝染病のために発達した医学です。本来は急性病が得意です。
急性病の傷寒論
東洋医学の基礎医学、解剖学として黄帝内経が有ります。薬理学として本草学。臨床医学として傷寒論、傷寒雑病論、金匱要略があります。傷寒とは急性病の事です。雑病は慢性病です。現在の日本の漢方古方派は、江戸時代より傷寒論をベースに発達してきています。
傷寒論は長沙の太守であった張仲景が記し纏めたと伝えられています。ある時、疫病が流行り張仲景の一族の半分以上が亡くなったそうです。その治療法として纏められたのが傷寒論です。
現在、中国には桂林本、湖南本、四川本の3種の傷寒論古本が残存していると言われています。
日本の傷寒論
日本では、延暦寺本と呼ばれる最澄が持ち帰ったとされる康治本と、高野本と言われる空海、弘法大使が持ち帰ったと言われる康平本などがあります。日本で現在の主流は宋版と言われる傷寒論です。康平本に近い内容です。
日本の漢方は、先人が急性病に対する傷寒論の理論、三陰三陽、六病位を慢性病にも応用できるよう研究確立したものです。
西洋医学が不得意な慢性病に漢方が使われることが多く、いつの間にか慢性病に漢方を使用する概念が広まりました。本来の漢方は、急性伝染病のための治療医学です。
病の進行と熱型パターン
東洋医学では、急性病の進行具合を病位として表します。また病位ごとに現れる特徴的な熱型を診断の一助にしています。
古方派の病位
太陽病から少陽病、陽明病、太陰病、少陰病、厥陰病、最後は死と病が進行していきます。病位ごとに熱型が異なります。また病位を出す事により治療法が決定されます。
病位ごとの特徴的な熱型パターン
- 太陽病では悪寒、発熱
- 少陽病では往来寒熱
- 陽明病では潮熱、弛張熱
- 太陰病では手足虚熱
- 少陰病では四肢厥冷
- 厥陰病では上熱下寒又は極度の四肢厥冷
と成ります。
往来寒熱
往来寒熱は病が少し進行した少陽病の特徴的な熱型です。寒と熱が往来、行き来する熱型との意味です。
往来寒熱の具体例
朝方は平熱で、夕方の18、19時前後より少し寒気がし微熱が出ます。発汗をし次の日の朝方は平熱に戻ります。これを繰り返すのが往来寒熱です。
実証、病邪の実が強い場合は、夕方ではなく昼過ぎから寒気がし夕方に微熱ではなく高熱が出ます。その後、直ぐに夜の20時前後には発汗が始まり平熱に戻ります。
虚証、正気の虚の場合は、寒気も少なく熱も高くなく、発汗も遅めで少ない傾向にあります。更に虚すると寒気も発熱にも本人は気づかない程度になります。発汗も更に夜遅くなります。夜のお風呂上りに普段より発汗が多くなったり、体力が落ちている時の盗汗、寝汗は虚証の往来寒熱による発汗の一つと考えられます。
逍遙熱
東洋医学で逍遙熱と言う熱型が有ります。背中が突然カァと暑く成ったり、逆に冷水を流されたように背中に冷感を感じます。寒くて一枚服を羽織ったら、逆に暑くなり脱ぐ。脱ぐと寒くてまた羽織る。これも逍遙熱の一例です。
逍遙熱も少陽病の往来寒熱が、自律神経のコントロールが上手く出来ずに短時間で繰り返される変形パターンと考えられます。