新鮮な漢方薬が良いとは限らない

漢方コラム

2020年9月29日。写真は弘法大師、空海建立の福岡市の東長寺です。

六陳八新

漢方薬の選別に六陳八新と言う理論が有ります。古い物が良い6種類の漢方薬と、新しい物が良い8種類の漢方薬です。

六陳

古い物が良い6種類の漢方薬は、呉茱萸、橘皮、半夏、枳実、麻黄などです。橘皮、枳実は柑橘系です。柑橘系の皮には香りの強い毒が有ります。その香りが柔らかくなるまで長期間、寝かせます。残った僅かな柔らかい香り成分が効果を発揮します。

ミカンの皮を乾かせたのが陳皮です。陳、古い物が良い皮で陳皮の名前が付きました。以前、香港で生薬屋さんの倉庫から100年物の陳皮が見つかりました。古い物が良いと言うことでオークションに掛けられ、僅かな陳皮が数百万円で購入されたそうです。100年経過していると古すぎて、香り成分が完全に抜け効果の無い陳皮になっていたはずですが。

八新

新しい物が良い漢方薬には、紫蘇葉、薄荷葉、菊花、赤小豆、澤蘭、槐花などがあります。八新は成分に毒性の無い生薬です。

香りの成分の減少、油性成分の酸化、色素の変化減少など内容成分が変化する前に漢方薬として使用します。以前、当薬局では一夏を超した紫蘇葉や薄荷葉は効果が落ちるため捨てていました。現在は冷蔵庫に保管しています。

この中の赤小豆はアズキです。家庭でも赤飯などには新鮮な小豆が良いです。

漢方の下ごしらえ修治

煎じ薬を造る時に、その原料生薬を下ごしらえ、加工します。それを修治と言います。修治には原料生薬ごとに様々な方法があります。残念ですが、現在では殆ど行われていないのが実情です。

お酒で修治

例えば、大黄には唐大黄と錦門大黄があります。唐大黄は瀉下作用が強く、錦門大黄は瀉下作用が弱く清熱、抗炎症目的で使用します。錦門大黄を清熱作用として使うため、更に瀉下、降作用を弱める目的でお酒、升作用に浸け乾燥させます。

同様にお酒を使用し修治する生薬には鶏血藤や地黄などが有ります。

炙る

酸棗仁と言う生薬は生で使用するとレセプター覚醒作用。炒って使用するとレセプター鎮静作用が現れます。2種類の酸棗仁を使い分けます。

牡蠣、牡蠣殻は生は炭酸カルシウムが主成分となり、皮膚掻痒や自律神経、脱毛症などに使用します。化石牡蛎を炒ると酸化カルシウムに変化し腫瘍などに使用出来るようになります。

牡蠣を炒るのは牡蠣アレルギーを抑える目的も有ります。アレルギーの原因は牡蠣殻にしみ込んだアミノ酸です。アレルギーを抑え、しかも炭酸カルシウムとして使いたい時は、生牡蠣を10分弱炒ります。必ず糸練功にてアレルギー反応が消失したことを確認し患者さんへ使用します。

熱を加え炒って使う生薬には、他に筋腫などに使用する土別甲などもあります。

潰す

生薬問屋から仕入れた生薬では煎じても成分が出てこない生薬も有ります。予め鉄鉢で生薬を潰します。黄疸や肝臓に使用する茵蔯、胃腸に使用する広茂などです。

その他の修治

また放置することにより数ヶ月寝かし、毒性成分の減少や変化をさせてから使う生薬。日光に当て紫外線による変化を待つ生薬。生姜や黒豆と煮る事により効果を増したり毒性を消したりする生薬もあります。

他にも生薬ごとに様々な修治が有ります。手間暇かかります。漢方薬を安全に効果的に使うため、先人からの伝統的な教え、修治を守っていきます。

しょうが湯

寒い時に身体を芯から温めてくれる、しょうが湯。

生の生姜の成分はジンゲオールが多く身体の表面を温めてくれます。乾燥した生姜は辛みが多くなり、成分はショウガオールが多くなります。身体の深部を温めてくれます。

生姜は漢方薬

生姜は漢方薬として日本に伝わってきました。奈良時代の生姜は小生姜と言い辛みが強い漢方薬です。江戸時代に大生姜が日本に伝わり、現在の日本では大生姜が食用とされています。漢方薬が食用になった1例です。

甘草乾姜湯と同じ、しょうが湯

甘草は漢方薬の家老と呼ばれ、甘さで心と身体を緩め、他の薬味の働きを増します。乾生姜、乾燥した生姜に甘草を加えると甘草乾姜湯と言う漢方処方に成ります。甘草乾姜湯は寒さで鼻水が止まらない時などに頓服で用います。身体が温まり鼻水が止まります。

しょうが湯は乾燥した生姜に甘みを付け、甘草乾姜湯と殆ど方意が同じです。寒さで小水が近い時や鼻水が止まらない時などに、しょうが湯は身体を芯から温めます。

生姜の修治

生姜は元々漢方薬として日本に伝わり食用として使われるようになりました。先に紹介した小豆などと同じく漢方薬が食用となった例です。

黒姜

本来は漢方薬として、生の小生姜を使うことに成っています。現在、漢方薬として使われている乾生姜は、生姜を乾燥したもので古来の乾姜に該当します。日本では乾姜として生姜を蒸した黒姜が使われています。古典の傷寒論とは少し異なる使い方です。

四逆湯

しょうが湯と同じ方意の甘草乾姜湯に附子を加えると四逆湯。回逆湯とも言う漢方薬になります。新陳代謝機能が沈衰した少陰病に使われる処方です。漢方薬の中で最も身体を温め代謝を活発にする薬方です。命を救う最後の処方として使われることも有ります。四逆湯は漢方の懐刀、伝家の宝刀に当たる処方です。

四逆湯の加味方

四逆湯証で症状が酷く重篤な時は、更に乾姜、今の乾生姜を倍量とし通脉四逆湯、四逆湯に乾姜倍加します。

四逆湯証で出血多量などで血虚となり衰弱した時は、人参を加え四逆加人参湯、四逆湯に人参を加味します。

煩躁し心悸亢進や浮腫みなどの症状があれば、四逆加人参湯に茯苓を加え茯苓四逆湯ブ、四逆湯加人参茯苓にします。

漢方家から見ると、四逆湯の元処方である甘草乾姜湯と同じ方意のしょうが湯は、感慨深い存在です。

変遷する生薬原料

私達の漢方薬局には、漢方薬原料は生薬で仕入れます。

原料生薬の形状

原料の形は、姿、刻み、末の3タイプで納入されます。

姿は生薬その物の原型です。生薬の特徴が分かりやすい原型のままです。刻みは、姿を刻んだ物です。刻み方で丸切り、角切り、寸刻みなど生薬ごとに異なります。生薬の原型が少し残り、スカや色など質の違いが分かりやすいです。末は更に細かく粉末状にした生薬です。この段階まで加工すると味と色、香りでしか質の良し悪しが分からなくなります。

形状で異なる原料の質

質の観点から行くと、姿が最も良く、刻み、末になるに従い質が落ちてくるのが一般的です。エキス剤は原料生薬の質は推測しかできません。

時代で変わる質

30年前、質の悪い生薬も確かに市場に有りました。最高品質の生薬も有りました。時代が変わったのでしょうか。現在、質が悪く使いたくない生薬が市場に多く出ているように感じます。

治せない時、自分の腕が未熟なのか、漢方薬の質が悪いのか。漢方薬の責任にしないように、漢方薬の質は言い逃れが出来ないものを選びます。

便利なエキス剤

漢方薬には煎じ薬と、携帯に便利なエキス剤が有ります。

エキス剤の作り方

エキス剤を造るには、漢方抽出液、煎じ薬から溶媒、水分を気化させ濃縮する必要があります。そのため減圧濃縮、噴霧乾燥、凍結乾燥していきます。その後、賦形剤の乳糖やデンプンを加えエキス剤が出来あがります。

気剤が抜けるエキス剤

漢方薬は生薬ごとに、本来は煎じる時間が異なります。

エキス剤の場合は生薬ごとの抽出時間ではなく、同一の抽出、煎じる時間となります。また気化させる段階で、最も重要な揮発性の高い気剤が飛んでしまい殆ど残りません。そのため、気剤の入っていない水剤、血剤中心のエキス剤が出来あがります。

またエキス剤の場合は、煎じ薬に本来は無いはずの複数の成分が生じる事が判っています。煎じ効率や煎じ時間、化学反応によるものか、原因は定かではありません。

煎じ薬とエキス剤は成分が異なる

エキス剤を使い効果のない患者さんに煎じ薬を使うと、すぐに効果が出始める事が有ります。またエキス剤を服用の患者さんの副作用が、同じ処方の煎じ薬に切り替えると副作用が消えることが有ります。

煎じ薬とエキス剤では成分自体が異なります。

携帯に便利なエキス剤

気剤の少ない陰病位の漢方薬ならエキス剤でも大きな問題は少ないと思われます。気剤の多い陽病位の漢方薬は出来るだけ湯剤、煎じ薬がお勧めです。漢方本来の働きが味わえます。

漢方薬の伝統的な剤形

漢方薬の内服には、湯剤煎じ薬、丸剤、散剤、雪剤、薫剤などがあります。他に外用の漢方薬も有ります。

様々な剤形の漢方薬

雪剤は今のドライシロップと同じで口に入れ溶かして飲む剤形です。今は失われた剤形です。薫剤はお香や線香と同じで病人の居る室内で焚き、香りで治療をする方法です。現在は主に漢方薬内服として湯剤煎じ薬、丸剤、散剤の三種類が使われています。

丸剤の特徴

丸剤は粉末にした漢方生薬を丸め蜂蜜で固めて造ります。丸剤にすると、固めるため揮発性の精油成分が抜けにくいと言う特徴が出ます。また蜂蜜により胃腸に優しい製剤が出来ます。八味地黄丸や桂枝茯苓丸の煎じ薬に蜂蜜を少し入れて飲むのも一考です。

散剤の特徴

散剤は数種類の漢方生薬を粉末にして造ります。

気剤の漢方生薬は少し粗目の末にします。精油成分を残すため細胞膜を出来るだけ壊さないためです。水剤は胃で早めに吸収させるために、出来るだけ細かい末にします。最後に血剤は腸で吸収しますので、少し粗くても大丈夫です。

散剤を効果的な製剤にするための注意点です。

煎じる時間

漢方薬は煎じる時間で効果が変わります。

日本茶を入れる時に、1煎目、2煎目までは甘いお茶が出ます。4煎目、5煎目になると渋みが出てきます。また高温だと渋みが多く、低温だと甘みが増します。温度と抽出時間でお茶の成分が変わるからです。

煎じる時間で成分が変化

漢方薬も煎じる時間で抽出される成分が変わります。一般に補剤は長く煎じ、瀉剤は短時間で煎じます。幾つか例を挙げます。

瀉剤の代表、三黄瀉心湯

三黄瀉心湯と言う漢方薬が有ります。煎じるのではなく、お湯をかけるだけの振出しで使うことも有る漢方薬です。

胃腸薬として使う苦味健胃薬のセンブリなども振出しで飲めます。

大黄剤

大黄と言う漢方薬には2つの働きがあります。清熱作用と瀉下作用です。清熱作用で使用する場合は、長めに煎じ、瀉下作用で用いる場合は短めに煎じます。

附子剤

附子剤も2つの働きが有ります。鎮痛作用と賦活作用です。鎮痛作用で使用する場合は、50、60分で煎じます。50分以下は毒性が残り、60分以上では鎮痛成分が分解し効果が薄れます。しかし賦活作用で使用する場合は、1時間以上で長く煎じます。煎じる時間により成分が変わるからです。

柴胡剤の再煎方

また再煎法と言う独特の煎じ方が有ります。柴胡剤を煎じる時の方法です。1度煎じたらカスを取り、再度10分程煎じると化学反応を起こすと考えられます。味も効果も変わります。