東洋医学の腹診

漢方コラム

2024年5月10日。写真は長崎県佐世保市、ハウステンボスです。

私達古方派では腹診を非常に大切に教えられます。江戸時代に発達した日本の古方派の腹診は証を捉える時に非常に便利で参考になります。

古方派の腹診

古方派の腹診の決め手を幾つかご紹介します。

  • 胸脇苦満が右側に有ると柴胡剤。
  • 少腹急結が有ると駆瘀血剤。
  • 腹直筋が二本棒と言われる状態なら小建中湯。
  • 腹直筋が左が短く右が長く抵抗があり、右胸脇苦満が有れば柴胡桂枝湯。
  • 臍下の腹直筋の張りが有れば当帰芍薬散。
  • 臍下不仁が有れば八味丸。
  • 左腹部大動脈の動悸が有れば抑肝散。
  • 臍上の動悸が牡蠣証。臍下の動悸が竜骨証。

他にも有りますが、古方派の腹診は薬方を決定する上で非常に便利で確実です。

内経系の夢分流腹診図

鍼道秘訣集の夢分流腹診図を最初に観た時は、衝撃だったことを記憶しています。古方派の腹診と異なり黄帝内経系の腹診図でした。十二臓腑が腹診に出るのです。

注目は肝相火と右腎相火、左腎水です。君火と相火の概念が入ってきています。

古方派の甲把流腹診図

1793年と1812年、江戸時代に写本されています。同じ内容ですが起源はハッキリ分かっていません。甲把南栄先生の腹診図は古方派の腹診です。

気血水の病因

特に病因である気血水が記載されています。気虚塊、気塊、痰塊、血虚塊、血塊は三か所に記載されています。糸練功で調べると血塊はそれぞれ血塊上焦、血塊中焦、血塊下焦に分かれている事が判明しました。

風毒

また風毒塊の記載があります。ウイルスや真菌に反応します。風邪やヘルペス、肝炎ウイルスなどのウイルスです。またカンジタ菌などの真菌にも反応します。白癬菌には何故か反応しません。他には溶連菌にも反応することを確認しています。

腹診図で注意する点

これらの腹診図は、今でも私達の漢方診療に大きく役立っています。ただ使用する時に注意が必要です。甲把流腹診は体表に出ます。夢分流腹診はそれより少しだけ深い所に反応が出る点です。

腹証奇覧

腹証奇覧は、万病腹に根ざすと唱えた古方派の吉益東洞の教えが反映されています。江戸時代の1800年に稲葉文礼が記した腹証奇覧と、それを元に師弟関係の和久田叔虎が完成させた腹証奇覧翼が一般に言われる腹証奇覧です。古方派の腹証です。古方派の処方ごとにその腹証の特徴を図で表しています。実践的な腹証ですが私は理解するに至っていません。

腹証奇覧翼

正身名目及三焦分解図があります。この図では上焦、中焦、下焦が描かれています。以下は正身名目及三焦分解図からの抜水です。

  • 上焦は缺盆から下、膈膜から上です。肺、胸、心です。
  • 中焦は鳩尾から臍までです。心下、腹です。
  • 下焦は臍から下です。腎、少腹、膀胱です。

全ての病は太陽病、少陽病、陽明病と進んで行きます。太陽病は症状が上焦、表に現れます。症状は、表寒による肩や背中の強張り、咳や嘔吐などです。少陽病は上焦と中焦の間、半表半裏に症状が出ます。症状は、口の中が苦かったり、喉が渇いたり、眩暈がします。陽明病は中焦、裏に症状が出ます。症状は、胃家実で腹満が出ます。

運用中の腹診

私が現在使っている腹診は、古方派の腹診と甲把流、それと入江先生からお教えいただいた内経系腹診図を改良したものです。

表裏と舌診、脈診

東洋医学に表裏と言う概念が有ります。東洋医学では漢方薬に関わらず、食養生でも鍼灸でも表裏に基づき治療順番や食養生の優先順位が変わります。

表とは体表であり皮膚や骨格筋などを指します。裏とは身体の深い部分、内臓や免疫や内分泌器官を指しています。表裏に虚実を組み合わせていきます。

表裏と舌診

舌診では、表証には基本的に舌に苔を認めません。裏証では舌に苔が発生します。裏虚証の太陰病では薄い白苔で湿っていることが多いです。

舌苔は内臓熱により変化します

裏実証では苔が厚くなり色も白から黄色、褐色へと変化します。また苔は乾燥しています。但し、少陽病位の黄連湯証は舌奥にベタベタの黄苔が付きます。

舌苔は慢性病や体質判断には目安となりますが、急性病では苔の発生が間に合わず参考に出来ない場合も多いです。

表裏と脈診

脈診では、表証や急性病では浮の脈、軽く触れても触れられる脈を呈し、裏証は沈の脈、少し押し込むと触れる脈を呈します。

虚証は弱、少し力を入れると消失する脈です。実証は力、力を入れても消失しない脈になります。

浮、沈。弱、力の脈証を組み合します

表虚証では浮で弱の脈になり、表実証では浮で力の脈になります。同様に、裏虚証では沈で弱の脈になり、裏実証では沈で力の脈になります。

太陽堂漢薬局では脈診の代わりに糸練功を用います。

表裏と治療法

急性状態や症状が激しい場合は脈診が診やすいです。慢性状態や症状が緩和な場合は舌診が診やすい傾向にあります。

表裏と水証

また表虚証は発汗しやすく、表実証は汗をかきにくい傾向にあります。裏虚証は腹部が軟弱な傾向にあり、裏実証は口渇、喉が渇き、水分摂取が多い傾向にあります。

先表後裏の原則

東洋医学の治療法や食養生では先表後裏の原則に従います。まず表の治療や食養生を優先します。その後、裏の治療や食養生をしていきます。

標本治療の原則

標本治療に於いては標治部、二次的症状が表になります。本治部、病の原因が裏になります。

本来は同時に標本治療をすべきですが、表の標治部を治療し裏の本治部を治療しても良いです。

先急後緩の原則

但し先急後緩の場合もあります。先急後緩とは、急性の症状から慢性の症状へ治療をしていく治療原則です。

例えば、腰痛と激しい下痢の場合は下痢から先に治療をします。特に体力が失われる下痢や高熱、激しい咳などは先急になる事が多いです。

また慢性病と急性病では、急性病を先に優先して治療し、後で慢性病を治療していきます。

糸練功の合数理論

糸練功の合数の素晴らしい特徴は、先表後裏、先急後緩、標治部、本治部が判明できない場合でも治療順番を確認し治療方針が組み立てられる点です。

漢方処方と燥

漢方の病因、病の原因である気血水の中の水毒には燥と湿の2つのパターンが有ります。燥湿は表裏で逆転する場合もありますので注意が必要です。

上焦と表裏は、分けて考えると理解しやすいです。

上焦の燥

上焦、鳩尾から上側が乾燥すると乾咳、濃い色の付いた粘稠な痰、しわがれ声、呼吸が苦しくなる、心煩などの症状が出ます。

漢方薬では栝楼仁、麦門冬、熟地黄、天門冬を使用します。処方では麦門冬湯、小陥胸湯、他

表裏の燥

表燥と裏燥を分けて考えます。

表燥

表が乾燥すると皮膚乾燥、口唇乾燥、口乾などの症状がでます。

  1. 湿度が下がる冬場に悪化するアトピー性皮膚炎
  2. 汗の溜まりにくい背中や体幹部が酷くなるアトピー性皮膚炎。
  3. 目立った発疹が無いのに痒みが酷い老人性掻痒症。
  4. 涙や唾液が減少するシェーグレン症候群他。

漢方薬では熟地黄や当帰を使用します。熟地黄、当帰を組んだ処方は、温清飲、柴胡清肝湯、荊芥連翹湯、当帰飲子、四物湯、連珠飲、他

裏燥

裏が乾燥すると兎便と言い、ウサギの便のようなコロコロした便が出て便秘がちとなります。漢方薬では麻子仁や芒硝、白人参を使用します。処方では麻子仁丸、潤腸湯、他

脱水状態も裏燥

血液中の水分が減少すると口渇が現れます。漢方薬では石膏剤の白虎湯などです。他に乾燥を改善する漢方薬の潤薬には、知母、栝楼根、杏仁などがあります。

漢方処方と湿

表が湿で汗かきの時、逆に裏の血管内は脱水し燥になっている事もあります。上焦は表裏と分けて考えると理解しやすいです。

上焦の湿

上焦、鳩尾から上側が湿潤すると希薄な多量の痰が出たり、口中に潰瘍が出来たりします。漢方薬では半夏、白朮、茯苓、貝母などを使用します。処方では桔梗白散など

表裏の湿

表湿と裏湿で分けて考えると理解しやすいです。

表湿

表が湿潤すると湿疹などの皮膚から薄い滲出液が多くなったり、肉芽新生が遅かったり、傷の治りが遅い、化膿の治りが悪いなどの症状が出ます。

表の乾燥は老人に現れやすく、表の湿潤は小児に現れやすいです。子供の滲出性中耳炎、壊疽、治りにくい虫刺され跡、汗疹、痔瘻、他

漢方薬では黄耆、人参、桂皮を使用します。処方では桂枝加黄耆湯、千金内托散、托裏消毒散、補中益気湯、他

裏湿

裏が湿潤している時は尿量が減少したり、浮腫が出来たり、帯下が薄くなったりもします。

漢方薬では乾姜、茯苓、木通などを使用します。処方では甘草乾姜湯、寒、水毒による鼻炎の頓服薬としても使います。四逆湯、他

他に湿潤を改善する漢方薬の燥薬には、沢瀉、猪苓、蒼朮、防已、車前子、大黄、麻黄、柴胡などがあります。

五味と燥湿

素問臓器法時論篇第二十二に「苦みは乾燥し堅め、湿熱を除く」と身体を乾燥させる働きがあります。「鹹は潤いをつけ軟らかく」と身体を潤わせる働きがあります。

食養生では苦みは、ゴーヤ、茄子、ゴボウ、ホウレン草、ピーマンなど苦みやアクのある食材です。鹹は海産物や味噌料理などです。

蜂蜜は鹹ではないのですが潤の働きは非常に強いです。