季節と土地に合わす養生

漢方コラム

2023年11月24日。写真は大分県由布市庄内町コナラの美林です。

水は寒なり、血は熱なり

私は30代後半から40代半ばにかけ毎週のように全国を講演で廻っていた時期があります。沖縄、福岡、関西、関東、北陸、北海道など東北以外の殆どの地区を廻っていました。各地区で10から30シリーズで講義をしていました。

北海道だけ異なる舌診

舌診のシリーズの講義で廻っていた頃、九州、関西、関東の参加者は通常の舌状態なのに、北海道の参加者だけが舌下静脈が怒張していました。しかも全員です。驚きました。

舌下静脈が怒張しているのは瘀血か血滞です。血は熱なりです。

北海道などの寒い地方ほど暖房も強いです。冬に室内で薄着で過ごせるほどです。逆に沖縄は冷房が強く夏でも寒いくらいです。

不思議ですが、漢方の古典である傷寒論、寒に傷つけられた病の治療法は中国の温かい南方で書かれました。逆に温病論、身体の中が温の病の治療法は中国の寒い北方で発達しています。食事や生活環境が影響していると考えられます。

北海道は、食と室温の違いか

北海道は食べ物も肉類や脂物なども多いです。キンキなどのお魚も油が乗って美味しいです。焼肉は北海道では牛肉ではなくジンギスカンです。これも美味しいのです。肉の中で最も身体を温める食材が羊肉です。モンゴルなどの北方民族も羊を食べます。

北海道では、食材や生活環境で身体を温め寒さに対応しているのだと思います。そうでないと生きていけないのかもしれません。環境に合わせ生きる。これも身土不二だと思います。

暖かい春

4月、5月と温かい季節で気持ちが良いです。しかし身体の体温調節はパニックです。

寒い冬には私達の体温調節中枢では、発熱活性物質のパイレキシンなどで体温を上げていました。逆に熱くなるとプロスタグランディンなどで解熱をします。

しかし季節による気温の上昇に、身体が付いて来れない時があります。

春の養生

黄帝内経素問の四気調神大論には、養生法として春は、「防寒用の帽子を脱いで緩やかな散歩をする」ようになっています。

春は緩やかな発散、発汗をする。旧正月(2024年は2月10日が旧正月です)の七草の日から葉野菜を食べ、穏やかな運動で発汗をします。それにより冬の体温調節から熱い夏の体温調節へ身体を馴らしていきます。

季節の変わり目の旬の食材

寒い冬は身体から熱を逃がさないよう皮膚は閉まっていると東洋医学では考えています。冬から温かい春に向かい気温が上昇します。発汗が出来るよう発作用のある葉野菜を食べます。旧正月の春の七草はこの時期から葉野菜を食べなさいと言う明石の食文化から生まれています。

例えば体温が36度だとします。寒い冬が平均気温10度だとし暑い夏が30度だとします。冬は体温を26度上げないといけません。しかし夏は6度上げるだけで良いのです。今まで冬に26度も体温を上げていた身体は急には冷ません。身体を冷やすタケノコや山菜などアクのある食材が春に増えます。アクや苦みは乾燥し熱を降ろす働きがあります。

夏から秋

夏から秋に向かい朝晩が冷えてきます。空気は乾燥し始めます。その時期に滋潤作用の強い梨が出来ます。梨は身体に潤いを付ける働きが強力です。民間療法では老人性の咳や切れにくい粘っこい痰などに、梨の汁を絞り温めて飲む方法が伝承されています。麦門冬湯証や竹葉石膏湯証などに合うのかもしれません。

秋には、夏の間に身体に溜まった熱を除くためアクと苦みのある降の柿やゴボウの季節がきます。また今から来る寒さに対し体表を閉めるだけでなく、胃腸などの裏も引き締めていると考えられます。春の旬と異なるのは、発散作用の食材ではなく、表裏を引き締め熱を降ろす食材が中心になります。裏熱を除き冬の温病を防ぎます。

春と秋の養生が異なる

春は散、降です。秋は潤、降です。同じ降でも春と秋は食材が異なります。また食材の降の働きも食材の種類と季節で異なります。春と秋の降の食材の違いを考えるのがヒントになります。

自然に合わせ旬の食材を多く摂ると良いです。しかし摂り過ぎは、身体へ摂り過ぎの弊害を生みます。お気をつけて。

新緑と紅葉

一昨日の朝、通勤中に家内が「紅葉を観ると気持ちが落ち着き、春の新緑を観るとワクワクするんだよね。」と言っていました。

東洋医学の古典である黄帝内経素問の四気調神大論篇第二に、生き方の養生と心の養生が書いてあります。その心の養生だけ書き出すと

  • 春は発陳。中略、志を起こせ。
  • 秋は容平。中略、志を安らかに、志を悔やまずゆったりと。

春の新緑はワクワクし、秋の紅葉は気持ちが落ち着くのは、素問の心の養生と同じです。

感性が凄いのか。新緑や紅葉に、そのような心への働きかけがあるのか。春の寒から暖へ、秋の暑から涼への気温の変化が、心に働きかけるのか。春の湿度の上昇、秋の湿度の低下が影響しているのか。分かりません。

季節の四季に従って、移り変わる自然と人間。素敵な関係ですね。

季節と医食同源

季節に合わせ旬の物を食べるのが食の基本、食養生です。春には春の旬の食べ物、夏には夏の旬の食べ物。季節が変われば食は変わります。

季節と漢方

では季節が変わっても漢方薬は同じ物を飲むのでしょうか。季節に合わせ肉体は変化していきます。その肉体に合わせ食も生活も変化させます。漢方薬も肉体の変化に合わせ、季節で変化させるのが好ましいです。まさに医食同源です。

季節と腸内細菌叢

腸内細菌叢は、気温が上昇する夏に活発に成ります。大黄などの瀉下剤が効きやすくなります。夏場は瀉下作用の漢方薬の分量を減らす方向で考えていきます。

気温が上昇した夏には、身体を温める漢方薬を減らし、清熱作用の漢方薬を増やします。冬には気温が下がります。身体を温める漢方薬の附子剤などを増やし、清熱作用の漢方薬を減らします。

季節と湿度

春から夏にかけ気温の上昇と共に、湿度も上がります。湿気に対し燥の働きの漢方薬を増やします。寒くなると湿度が下がります。気管支や肌を潤わすため潤の漢方薬の分量を増やします。麦門冬湯に滋潤作用のある玄参などを追加したり、麦門冬を増量したり、潤いのつく食養生を増やします。

その他、年齢や体重の変化に合わせ漢方薬は変化していきます。

漢方生薬の採取時期

漢方薬の採取の時期も季節と生薬ごとに決まっています。

千金翼方

千金要方を書かれた孫思邈が晩年に集大成した千金翼方、巻第一採薬時節第一には「其の薬を採取する時節を知らず、艾葉は三月三日、麻黄は七月七日、丹参は五月、車前子は五月五日、決明子は十月十日、中略」と細かく記載されています。

民間生薬は葉物が多く、漢方生薬は根物が多い場合が殆どです。

根物の採取時期

植物は夏に沢山の日光を浴びて栄養分を根に蓄えます。その栄養分で次の春に芽を出します。根物の生薬は地上部が枯れた時が最もエネルギーが貯まっています。その時期に採取します。山薬や葛根、人参など多くの生薬があります。

花も漢方薬として使います

花は満開時はエネルギーを使い果たした結果で一番美しいです。蕾からまさに花を開かせようとする開花初期が最もエネルギーが強いと考えられます。菊花、辛夷などです。生薬市場には大きく開いた菊花も多いです。安価ですが精油が薄いため香りが少なく効果は薄いと考えられます。

民間薬に多い葉物も新芽が良いです

動物や昆虫は新芽が大好きです。実物は動物や鳥が食べる完熟した時が採取時期です。実物は降の働きがあると東洋医学では考えています。完熟していない実はまだ落ちません。落ちる寸前の完熟した実が降のエネルギーが強いと考えます。枳実、大棗などです。

種子も実物と同じ降の働きです

動物や鳥が実と一緒に種子も食べ、排便で別の場所へ種子を拡散していきます。東洋医学では完熟した実物の内なる種子が降のエネルギーが強いと考えます。紫蘇子、車前子などです。

蝉退、セミの抜け殻

蝉退は蝉の抜け殻です。漢方薬として使用します。

蝉退の鑑別

蝉の抜け殻でも地面に近いものは殻が厚く質が悪く下品です。木の上の高い所に付いた抜け殻は殻が薄く良品と成ります。

蝉退の作用

蝉退は抗痙攣、鎮静作用、神経節遮断作用などが報告されています。漢方では血毒に対応し、熱性の痙攣を収めたり、アレルギーを抑制したり解毒作用、清熱作用として使用されます。皮膚病に多用する消風散の漢方薬味です。

グルテンアレルギー

小麦のグルテンアレルギーや牛乳のカゼインによる遅行性アレルギーによる精神神経症や皮膚炎、胃腸病などが報告されています。

以前にご報告しましたが、大黄牡丹皮湯の働きから考え、冬瓜子によって腸内のグルテンやカゼインが除かれるのではと考えられるとご報告しました。冬瓜子は瘀血に対してだけではなく、腸内の清掃をする働きもあると推測しています。

グルテンアレルギーと蝉退

グルテンアレルギーの反応がある患者さんを糸練功で毎月調べていると、毎月少しづつグルテンアレルギーが改善していたことがあります。この患者さんには冬瓜子を出していませんでした。

飲んでいたのは消風散です。消風散の構成薬味にグルテンアレルギーを改善する薬味があるのではと考えました。調べていくと蝉退でグルテンアレルギーが改善することが分かりました。しかも体質改善をするようです。ただ蝉退には油性成分があります。長期に使うのは慎まなければいけません。