2023年6月23日。写真は大分県竹田市岡城大手門への登り口です。
食材である漢方薬
ご高齢の奥様の体調崩れを漢方治療したことがあります。
帰られる時に「自分で生姜を入れたら良いのですね。」と言われました。お聞きすると、お爺さまの代まで江戸時代から続いた漢方医の家柄だそうです。昔は患者さんが自分で生姜を入れていたそうです。
江戸時代の蜜蝋
奥様は、数か月後にお土産を持ってこられました。「これは江戸時代の蜜蝋です。これを削って軟膏を作っていました。その頃の削り後が今も付いています。」蜜蝋は軟膏の基剤に使います。非常に貴重な物を頂きました。今でも太陽堂漢薬局の入口横に陳列させて頂いています。
中国のスーパー売り場
30年程前、中国へ学会発表に行くついでに、観光地も廻りますが生薬市場やスーパー、食材屋さんなどを見て廻っていました。中国のスーパーには様々な漢方薬が食材として置いてありました。
湯はスープ
葛根湯の湯は中国語の発音はタン。スープの意味です。葛根湯は葛根のスープです。当時の中国では家族の体調に合わせ、食事メニューとして漢方薬、生薬を入れたスープを作っていたとお聞きしました。まさに医食同源です。
また当時の中国では病院で漢方薬を買うと、帰りにスーパーや食材屋さんに寄り、自分で大棗と生姜、甘草を入れ煎じていたそうです。
古方派薬方の方意
先にも書きましたが、以前は日本でも漢方薬をもらうと患者さん自身がご自分でヒネ生姜を入れて煎じていました。また中国ではつい最近まで患者さん自身が大棗、生姜、甘草をお店やスーパーで買い、漢方薬に入れて煎じていました。
脾の臓を調整し強める大棗、生姜、甘草は古方の漢方薬の基本です。この3味を抜くと処方の方意が理解しやすくなります。
大棗、生姜、甘草を抜くと、方意が分かる
桂枝湯は、大棗、生姜、甘草を抜くと、桂枝、白芍薬です。桂枝は穏やかな発表、白芍薬は筋を緩めます。
葛根湯は、葛根、麻黄、桂枝、芍薬、プラス大棗、生姜、甘草。桂枝湯に葛根、麻黄が加わり葛根湯になります。葛根は上焦の血滞、桂枝、麻黄の組み合わせで発汗します。
小柴胡湯は、柴胡、黄芩、半夏、人参、プラス大棗、生姜、甘草。中焦の清熱の柴胡、黄芩の組合せで柴胡剤が出来ます。半夏は上衝傾向の胃内停水を除きます。
四君子湯は、白人参、白朮、茯苓、プラス大棗、生姜、甘草。白朮、茯苓の五味は甘です。胃内停水を除きます。白人参も甘で補気作用にて無気力、倦怠感に対応します。四君子湯は4つの君子薬ですので、人参、白朮、茯苓、甘草です。4味とも五味は甘、君子の漢薬です。
六君子湯は、陳皮、半夏、人参、白朮、茯苓、プラス大棗、生姜、甘草。四君子湯に陳皮、半夏の二陳が加わり六君子湯です。陳皮、半夏製剤の二陳湯と同様に、やや実証の胃内停水を除く基本方意になります。
大棗、生姜、甘草を除くと、漢方薬の方意が分かりやすくなります。
先ずは、桂枝と芍薬
桂枝湯は桂枝、芍薬、大棗、生姜、甘草の五味の処方です。傷寒論の最初に記載されている古方のスタートの薬方になります。桂枝湯をベースに数々の処方が造られ薬方として発展していく基本の処方になります。
上記に書きましたが、古方の基本大棗、生姜、甘草を抜くと桂枝湯は桂枝の方意と芍薬の方意の組合せだと分かります。
大棗、生姜、甘草の働き
古方の基本である大棗、生姜、甘草は脾の臓を調和し回復力を強めます。
- 大棗は、五色の赤により心の臓を緩め、五味の甘により脾の臓を補います。薬理学的にはブドウ糖様作用と考えても良いです。
- 生姜は、中焦を温め代謝を亢進させます。高橋良忠先生は「生姜は胃腸の自律神経を調える」と書かれています。
- 甘草は、脾胃を補い、毒を消し、緒薬を調和します。高橋良忠先生は「甘草は胃腸のアレルギーに働く」と書かれていました。
桂枝湯の働き
桂枝湯は、桂枝甘草、芍薬の方意と、大棗、生姜、甘草の方意の組合せだと考えられます。桂枝芍薬で治療し、大棗生姜甘草で治癒力を上げています。
桂枝芍薬が戦闘部隊で、大棗生姜甘草が補給部隊。或いは1つの処方の中で標本治療が出来ていると考えても良いかもしれません。
「桂枝は陽を補い、芍薬は陰を補います。」
薬味の桂枝
桂枝はシナモンの枝です。桂枝は陽です。東洋医学では「天は陽なり」です。天に近いほど、枝の先の細い部分ほど良い桂枝になります。
桂枝の有効部分
桂枝の太い部分は、材質が多く樹皮の割合が少ないです。先の細いほど材質が少なく樹皮の割合が多くなります。桂枝の働きは材質ではなく樹皮に関係している事が分かります。樹皮の中の精油成分が有効成分です。古くなると精油が飛んでしまいますので気を付けないといけません。
桂枝の代用
現在の漢方では桂枝の代わりに同じシナモンの樹皮である桂皮を使うことが多いです。セイロン桂皮が有名ですが、漢方薬の原料には広南桂皮とベトナム桂皮が使われます。
広南桂皮とベトナム桂皮の違い
広南桂皮は精油の香りが強いです。ベトナム桂皮は甘みが強い特徴があります。精油が強い広南桂皮を気剤、発表剤として陽病に使用します。陽病の桂枝湯や柴胡桂枝湯、桂枝茯苓丸などは広南桂皮を使用します。
甘みが強いベトナム桂皮は陰病に使用します。小建中湯などはベトナム桂皮を使用します。基本、陰病はベトナム桂皮が良いと思いますが、陰病でも気の上衝などに対応する時は適宜広南桂皮を使用していきます。
薬味の芍薬
「桂枝は陽を補い、芍薬は陰を補います」。「立てば芍薬、座れば牡丹」は美しい女性の姿です。芍薬は上の方に美しい花を付けます。牡丹は下の方へ花を付けます。
立てば芍薬が配合された当帰芍薬散証はスラリとし、柳腰の女らしい女性と言われます。座れば牡丹が配合された桂枝茯苓丸証は少しどっしりとした女性と言われます。
白芍薬と赤芍薬
その芍薬には白芍薬と赤芍薬が有ります。白芍薬と赤芍薬の起源は、説が様々で確定していません。通常、芍薬と言うと白芍薬の事を指します。吉益東洞の薬徴には「拘攣するを主治するなり」。山本高明の訂補薬性提要には「血脈を和し、陰気を収め、中を温め、痛を止む」とあります。
白芍薬の働き
白芍薬は筋肉を緩めるだけでなく、心と神経も緩めます。同時に血虚に対応し補血の働きもあります。四逆散や芍薬甘草湯、当帰芍薬散には白芍薬を使用します。
赤芍薬の働き
赤芍薬は血熱を冷まし瘀血にも対応します。桂枝茯苓丸には赤芍薬を使用します。
また甲把南栄先生腹診図では、芍薬は血塊に反応します。白芍薬は血塊中焦、赤芍薬は血塊下焦に反応します。
おせち料理
お正月が終わりました。皆様おせち料理をお食べになられたでしょうか。おせち料理は節目であり新年を迎える1つの儀式でも有ります。おせち料理には煮た黒豆が定番で入ります。
黒豆の生産量はアメリカが世界一だそうです。江戸時代の末期に黒船で来航したペリーが黒豆を日本からアメリカに持ち帰りました。現在ではアメリカが黒豆生産世界一になったそうです。
黒豆も漢方薬
この黒豆を使用した漢方薬があります。黒豆甘草煎と言う処方です。附子中毒に解毒として使用されます。
附子中毒に黒豆
漢方薬には修治という下ごしらえがあります。附子の修治は猛毒のトリカブトの根を海水で処理し火に炮じ、毒性を減じ漢方薬の炮附子にします。
附子は神経痛などの痛みや新陳代謝が非常に落ちた時、心機能が低下した時などに少陰病位の特効薬として漢方では使われます。
煎じる時間で効果が変わる
附子は煎じる時間により効果に変化が生じます。痛みに使用する時は5、60分煎じます。長く煎じる事により毒性が減じ痛みに効く成分アコニンサンの抽出量が増えます。煎じる時間が長い程、熱をかける程、痛みに効く成分は分解しますが毒性も減じていきます。痛みではなく、新陳代謝や心機能を上げる目的では1時間以上の時間をかけ煎じます。
黒豆の解毒作用
この附子の煎じ時間が短いと中毒を起こします。また附子末を使った製剤もあります。金匱要略を原典とする天雄散は勃起不全などに使われます。本来はトリカブトの枝根の無い天雄を使用します。しかし近代漢方では代用としてトリカブトの枝根の附子末を入れます。ある大学の生薬学の教授が天雄散を飲みすぎ、中毒で亡くなったと言われています。
この附子の中毒の時に使われるのが黒豆甘草煎です。附子中毒を起こした時は黒豆甘草煎を煎じます。煎じ上がるまでの時間繋ぎに中毒者の口の中に味噌を入れます。麦味噌ではなく豆味噌です。その後、煎じあがった黒豆甘草煎を服用し解毒します。
このように黒豆には解毒作用があります。他に解熱作用、滋養補血作用などがあります。浮腫、脚気、筋肉の引きつり、化膿などに使用されます。
黒豆のモヤシも漢方薬、大豆黄巻
黒豆を発芽させ、もやしの様にした黒豆を漢方薬では大豆黄巻と言います。大豆黄巻は金匱要略出典の薯蕷丸と言う漢方薬の構成薬味です。薯蕷とは山薬、山芋の事です。薯蕷丸を基本に開窮薬を組み合わせたのが脳卒中や麻痺、高血圧などに使用される牛黄清心元です。開窮薬とは五臓の窮、穴を開き経絡の気の流れを良くします。同時に漢方薬の効果も良くなります。
薯蕷丸は食欲がなく体力の低下などの心身疲労に使われます。東洋医学では脾虚のタイプです。脾の臓は肌肉を主ると言います。筋肉組織も肌肉になります。私は突然に斜視になった年配の男性を、眼球を動かす筋肉の異常と考え薯蕷丸で治したことがあります。
食養生の黒豆
黒豆は豆です。穀物ですので東洋医学では脾の臓に配当されます。生の肉類や魚類、葉野菜は常温で置いていると腐れるか枯れてしまいます。穀物は常温で置いても腐れることはありません。多くの民族が、このような腐れない穀物やイモ類、豆類などを主食としています。東洋では米、南太平洋の島々ではイモ、アンデスではトウモロコシ、西洋では小麦などです。
昨年収穫した穀物を翌年に植えると新しい芽を吹きます。イモも土に埋めると新しい新芽を翌年に出します。このように次世代へDNAを繋ぐ食材を東洋医学では主食と考えます。常温で腐れる食材は副食になります。
黒豆の五季
黄帝内経の理論の五色では黄色の大豆は脾の臓に配当されます。黒豆は黒色ですので腎の臓に配当されます。腎の臓の五季は冬です。冬のお正月には黒豆が合います。また黒豆で身体の解毒掃除をして新しい1年を過ごしていきます。