2020年11月7日。写真は高野山です。
薬膳、薬酒の素材
東洋医学の薬理学書に神農本草経と言う古典があります。その中に365種の薬材、食材が記されています。薬材、食材は上薬、中薬、下薬の3種に分類され記載されています。
上薬、中薬、下薬
上薬。120種
- これを君、君薬とし、命を養う事を主とする。天に相当する。
- これには毒がなく、長期に或いは量を多く服用しても害はない。
- 不老延年。軽身益気を欲する人が飲むべき薬である。
- 朝鮮人参、大棗、枸杞子、地黄、ヨクイニン、茯苓、沙參、桔梗科の別名ツリガネ人参、松、ミカン、蓮レンコン、麦門冬、桂枝シナモン、胡麻、山薬ヤマイモなど。
- 食養生で家庭でも簡単に使えるのは、枸杞子、ヨクイニン、ミカン、レンコン、胡麻、ヤマイモなど。
中薬。120種
- これを臣、臣薬とし、体性を養うことを主とする。人に相当する。
- これには病を防ぎ、体力を補う力がある。
- 毒の有無を知って適宜に配合して用いる必要がある。
- 生姜、白ネギ葱白、当帰、貝母、杏仁、烏梅、鹿茸、橙ダイダイ、葛、桑など
- 生姜、白ネギ、梅、葛クズ、杏仁、橙にも毒があると東洋医学では考えています。身体の状態や他の食材に合わせ、大量、長期ではなく少量づつ摂取するようになっています。
下薬。125種
- これを佐使、佐薬、使薬とし、病を治す事を主とする。地に相当する。
- これには毒が多いので、長期の服用は慎まなければならない。
下薬は薬膳、薬酒には基本的に使用しません。
漢方生薬の採取
漢方薬の原料となる生薬は採取する時期が決まっています。漢方の古典で孫思邈が書かれた千金要方を見ると、生薬ごとに何月何日の何の日に採ると記載されています。
根、葉、実の採取時期
根物生薬は、夏の太陽光線を浴び栄養分が根に蓄えられます。秋になり地上部が枯れた時に根物は採取します。春に新芽が出る前に、根物がエネルギーを消費する前に遅くとも冬には採取します。
葉物生薬は、新芽の時期から葉が成長する中期である最盛期に採取します。成長し過ぎた大きな葉より勢いのある小ぶりのエネルギーの有る若葉が良いです。季節としては新緑の頃に採取します。
果実の生薬は、十分にエネルギーが蓄えられ熟した時、完熟した時に採取します。採取した果実生薬は完全に乾燥せずに半乾きにします。ただし物によっては完熟する前の未完熟の青い時に採取する生薬も有ります。未完熟の成分を用いたい青皮などです。
漢方薬は各々の作用の違いで採取時期も異なります。生薬の鑑別も生薬の採取時期を考え選品していきます。葉物生薬は成長し過ぎてないか、小ぶりであるか。果実生薬の五味子などは完熟し、表面に糖を噴いているかどうか。根物生薬の葛根は表面に澱粉を噴き出しているかどうか、などです。
漢方用語の変遷
私が若い頃、漢方医学を勉強する書物は現在のように多くは無かったです。漢方は師匠や先輩から教えてもらい習っていた時代です。
茯苓
茯苓、ブクリョウと現在は呼ばれる漢方薬があります。当時は、茯苓、ブクレイと発音していました。最高級茯苓の産地、鹿児島大隅ではブクリュウと呼ばれていました。その後、大隅茯苓は松くい虫で全滅しています。桂枝茯苓丸は、ケイシブクレイガン。桂枝加苓朮湯は、ケイシカレイジュツトウ。苓桂朮甘湯は、レイケイシュツカントウが伝統的な発音です。
茯苓は松の木の地上葉の末端の真下付近の根に、同心円に絡みつく様に付く菌糸体です。松の根に近い部分の茯苓は、茯神と言い精神神経症状に適応します。茯苓は東洋医学の臓腑では心に配当されます。苓は霊であり、茯苓は茯霊です。
修治
同様に発音が変わった用語に生薬の加工を意味する修治、シュチが、現在はシュウチと呼ばれています。師匠からでなく本で漢方を勉強された先生方がブクリョウ、シュウチと読んだことから始まります。伝統的用語の発音が変わる事により、新しく漢方を学び始める方々へ本来の意味が伝わりにくくなってきています。これも時代の変遷だと思います。
茯苓の発見
私が若い頃、浅田流漢方を一緒に勉強していた先輩がいました。その先輩が薬学生の頃、山陰の海岸へ漢方薬の茯苓を採取に茯苓突きに行ったそうです。茯苓は松の木の根に付きます。地表から見えないため鉄の棒、茯苓突きで地面を突いて探します。茯苓が有ると茯苓突きに茯苓の白い粉が付きます。1個茯苓を見つけると、その木には茯苓が寄生しています。茯苓は松の木から同心円上に寄生するので芋づる式に大量の茯苓を採取出来ます。
貧乏学生だった先輩は、安アパートの流しの下に採取した茯苓を新聞紙に包み、置きぱなしにしていたそうです。ある時、茯苓を包んだ新聞紙からヒョロヒヨロとした芽が出ていたそうです。何だろうと見ると茯苓から出ている芽です。
この芽が出たことにより茯苓が菌糸体、キノコの仲間だと言うことが判明しました。それまで、茯苓の実態は判っていなかったそうです。先輩の学生アパートのジメジメした環境が菌糸体茯苓の発見に繋がりました。
入手が困難な漢方薬
漢方薬の原料が30年程前から変遷してきています。40年前に漢方を教えて頂き、師匠から生薬の見立てを習いました。今まで、それに従い原料生薬を選別してきました。
栽培品の黄芩
40年前は考えもしなかった漢方薬の副作用も増えているように感じます。生薬も、野生品から畑での栽培品に変わってきています。黄芩なども野生品に比べ、栽培品はバイカリンの含量が多いです。同時にサポニンなども多いのかもしれません。
手に入りにくい漢方薬原料
阿膠などは、中国でのブームで化粧品の原料に使われ、価格が数10倍に跳ね上がっています。甘草も西北甘草が中心になり、日本では東北甘草の入手が困難になりつつあります。
人件費の影響
中国での人件費が40年前の数倍になり、漢方生薬の価格も数倍になっています。日本でも藤瘤や竹節人参など、高齢化や人件費の問題で採取する人達が減っています。それにより入手が困難な生薬が増えています。
中国の富裕層が世界中の牛黄を買い占め、これも価格が急騰しています。
劣悪な漢方薬
高騰した生薬価格を抑えるため市場には劣悪品が増えているのが現状です。日本で使われる漢方薬の梔子は、染料の原料である水梔子が殆どです。本物の漢方薬の山梔子は僅かで入手しにくい現状です。
食べ物や嗜好品にお金を出すが、漢方薬には出さなくなった日本の市場。柴胡と言う名が付けば品質に関係なく局方を通れば安い柴胡を求める業者。皮去り髭去り人参ではなく、髭人参でも低い有効性や毒性に関わらず、人参という名が付けば安い人参を探す現場。
将来の漢方薬
より良い原料生薬を求め、漢方仲間と鑑別の技を競い合っていた懐かしい時代がありました。漢方医学を取り巻く環境が大きく変化しています。漢方薬の上品の原料が手に入りずらくなっています。
先人から受け継いだ東洋医学の伝統を再現できなくなった時、東洋医学をお教えくださった亡き師匠や、私自身が求める漢方が出来なくなった時、私は漢方薬を作り続ける事はしません。出来ません。
時代で移り変わる色の感覚
現代の私達が青色と言うとブルーを思い浮かべます。東洋医学の青色は「靑色」です。丹石の色です。丹石は大きく分けると緑色と赤色の2種類が多いと聞いています。
漢方薬の丹参は赤い人参です。緑の野菜を青野菜、緑の信号を青信号と読びます。2000年前の青はブルーではなく、緑だったのかもしれません。
東洋医学の古典、黄帝内経の色
東洋医学の理論である五行では、肝の五色は青になっています。糸練功やOTオーリングテスト、入江FTなどで見ると、肝の腹診部や六部定位脈診の肝の脈診部である左関は、青色で反応せず緑色で反応します。
また脾の五色は、五行では黄色になっています。腹診部の脾、脈診部の脾は、黄色では反応せず、黄土色で反応します。黄土は、黄色の土なのでしょう。時代が移り変わり、私達の感覚も変わっていってるのかもしれません。
東洋医学の診断
漢方医学の診断と西洋医学の診断は大きく異なります。漢方医学の診断は証を決める事であり、西洋医学の診断は病名になります。
例えば、葛根湯証の診断は葛根湯で改善する、良くなる病態であるという意味、診断になります。桂枝湯証は桂枝湯で、麻黄湯証は麻黄湯で良くなります。
小柴胡湯は西洋医学の病名では、感染症などの発熱、中耳炎、扁桃炎、咽頭炎、耳下腺炎、肺炎、気管支炎、肋膜炎、結核、肺気腫、肝炎、胆嚢炎、胃腸炎、円形脱毛、皮膚病など数多くのお病気の急性状態や体質改善に使用されます。
患者さんの病態を、事前の問診などの情報が無い状態で、糸練功やOT、FTを使い小柴胡湯証と判断した場合、西洋医学的な病名は何なのか判断できません。中焦である鳩尾付近から臍付近の間にて、小柴胡湯証を呈していたから肝炎だとは言えません。胆嚢炎、胃炎、皮膚病なども考えられます。他に胆経の経絡の反応が出ている事もあります。
東洋医学の診断は病名では無いです
患者さんが「糸練功で身体を診て下さい」と言われる場合もあります。事前の問診や症状などの情報の無い状態では、推測の範疇を出ず診る事は不可能だと考えられます。糸練功は間中喜雄先生、入江正先生と代々引き継がれ完成した優れた技術です。しかし四診である問診、切診、聞診、望診の一部にしか過ぎないからです。