2023年5月9日。写真は箱根関所手前の東海道です。
漢薬の選品
- ここに小粒の大棗と大粒の大棗が有ったら、どちらが良い大棗でしょうか。
- 十薬ドクダミの大きな葉と小さな葉は、どちらが良い十薬でしょうか。
- 紫蘇葉の成長した大きな葉と小さな葉、どちらが良いでしょうか。
- 人参の太い物と細い人参、どちらが良いでしょうか。
- 大棗などの果実は大きい程、良いです。大きな大棗、大きな枸杞子が良い漢薬になります。枳実や青皮、陳皮なども実物になります。
- 葉物は新芽ほど毒が少なく、今から成長していくエネルギーが強いと考えます。漢薬としては葉物は小さい方が良い漢薬になります。薄荷、紫蘇葉、十薬他です。
- 根物は太く肥えた物が良いです。人参、葛根、升麻などです。
俢治の乾燥
採取した漢薬原料は洗浄した後に乾燥をしていきます。乾燥の程度でも生薬は変わります。
- 果実の乾燥は、やや不十分な半生が良いです。やや果実の瑞々しさが残る程度です。
- 葉物は、完全に乾燥させず半乾にします。精油成分の香りが残る位です。
- 根物は完全に乾燥させます。出来るだけ乾燥させます。人参などは叩くと金属音がする位まで乾燥させます。それにより厚い細胞膜を通し成分の抽出がしやすくなります。
虫に食われた大黄
漢方薬の将軍と言われる大黄には2つの働きがあります。大黄は心包、三焦の臓腑で相火に属します。五味は苦です。苦の働きは「乾燥、利尿し固めて降ろす」です。
大黄の働きは
- 苦みで降の働きで瀉下作用。
- 苦みで清熱し熱を降ろします。
清熱作用で使う時に瀉下作用が強すぎると下痢をし、清熱が上手く出来ません。その為、瀉下作用が弱い錦紋大黄を使用したりします。
また唐大黄の降の瀉下作用を弱めるため、升の働きのお酒で俢治し酒製大黄にしたりします。また唐大黄を選別する時に、重質の大黄は降の働きが強いので軽質の物を選別します。
私どもが漢方を教えられた頃は、虫に食われる位の古い大黄を選びなさいと教えられました。
古い虫食い大黄
私が若い頃、修行していた薬局に展示してあった漢方生薬の大黄に米食い虫がいっぱい湧いていました。先輩の先生が「これは良い大黄になったね」と言われました。大黄は虫が食うほど古くなった大黄が良品です。
毒のある物は虫も食べません。虫が食うのは毒が無くなったからです。漢方薬の中には、賞味期限が切れてから良い漢方薬になる物もあります。
虫も食わない食材
清潔で綺麗な、虫も食わない野菜果物。汚くても虫が食う野菜果物。汚い物を選ぶ必要はありませんが、安全性は見た目では判断できません。
人間は何万年も雑菌を食べてきました。共存してきました。私達の皮膚でも雑菌と共存しています。腸内でも雑菌と共存しています。雑菌が私達の免疫を守ってくれています。腸内では様々な菌によりヴィタミンも造っていただいています。
漢方薬の不思議な植生
反鼻、マムシ
私は鹿児島市で生まれ育ちました。私の父と母の故郷は鹿児島の国分、現在の霧島市です。そこに大穴持神社があります。続日本記に出てくるほど古い神社です。いつ頃、創建されたか分かっていません。鹿児島の神社に残る六月灯の夏祭りは子供たちの楽しみです。今は国道10号線の横に在る神社です。埋め立てる前の昔は海岸線にあった神社です。
鹿児島はマムシが多く草むらには、どこにでも居ます。マムシの漢方薬名は反鼻です。処方例では反鼻交感丹、伯耆の国に伝わる外科倒しと言われた秘伝薬伯州散などがあります。
この大穴持神社はマムシ避けで有名です。この神社の砂がマムシ避けに使われています。昔は海岸線だったから砂が有ったのだと思います。大穴持神社の近くに検校川という横幅数メートルの川があります。検校川を挟んで川向こうにはマムシがいくらでも居ます。しかし検校川を挟んだ大穴持神社側の福島、広瀬地区にはマムシがいないのです。なんとも不思議です。
附子、トリカブト
附子と言う漢方薬があります。トリカブトを毒消しして漢方薬味として使用します。主根を烏頭、子根を附子と言います。毒消しの俢治。下処理は
- 塩水に付け、石灰をまぶし乾燥したのを白河附子。
- 厚手の濡れた和紙で包み、熱灰の中で加熱したのを炮附子。
- 塩水に付け、蒸して乾燥したのを塩附子。
附子の不思議な植生
このトリカブトは本州では茎トリカブト、九州では蔓トリカブトが自生しています。九州には本州の茎トリカブトはありません。関門海峡を挟み、九州と本州は分かれます。この狭い海峡、狭い所は600メートルほどなら種子は風で飛ぶと考えられます。しかし本州と九州では附子の植生が異なります。なんとも不思議です。
柴胡には野生品と栽培品があります
柴胡は本来の漢方では野生の4年根を使用します。しかし野生の柴胡は取りつくされ、日本では絶滅したと言われる生薬です。現在は栽培品の柴胡が漢方薬として使用されています。
現在の日本では、柴胡の同定はサイコサポニンでされます。サイコサポニンが多ければ柴胡として合格します。栽培品の未熟な1年根の柴胡にはサイコサポニンが多く検出されます。しかし理想的な野生の4年根の柴胡にはサイコサポニンは少ないと言われています。
私が若かった頃、野生の4年根の柴胡は煎じると薄っすらと油が浮いていました。柴胡は血剤です。食品中の油脂は血毒の原因になります。その血毒の治療薬である血剤の漢方薬には油を含んだものが多いです。油脂が原因の血毒は、油の血剤で治すのかもしれません。形象薬理学です。
柴胡が生える環境
柴胡は乾燥した水捌けの良い、日当たりの良い南側の斜面に自生します。私が20年程講師を務めた鹿児島の薬草園では小山の頂上に柴胡を栽培していました。頂上で鹿児島の火山灰のため水捌けが良く日当たりも良かったです。そこでは7、8年根が普通に育っていました。
日本の野生の柴胡はミシマ柴胡です。私が小さい頃、鹿児島では柴胡セコ取りと言って小学生のアルバイトでした。太平洋戦争の爆弾が落ちた後の窪みの北側の斜面、日当たりの良い所にセコは咲いていました。鹿児島や宮崎、静岡など最高品質の柴胡が取れていました。黒潮が流れる温かい水捌けの良い土地です。
柴胡は根が薬用です。柴胡の採取は根こそぎです。そのため現在の日本では絶滅しそうになっています。
柴胡の思い出
柴胡は安定供給のため栽培品が造られるようになりました。柴胡は1年を過ぎた頃、線虫に下の方の茎をクールッと一周食べられ枯れてしまいます。野生品のような4年根は育ちません。栽培品には肌色に近い若すぎる1年根もあります。太陽堂漢薬局では出来るだけ褐色で油気の多い柴胡を選別します。
40年程前に、日本と正反対の地球の裏側、北緯と南緯は違いますが赤道からの距離もほぼ同じであるブラジルで柴胡の栽培がされたと聞きました。非常に生育もよく良い柴胡が出来たそうです。煎じてみると赤い煎じ薬ができたそうです。柴胡の栽培地が赤土だったのが原因だったと聞いています。
漢方を生業とする人間にとって野生の柴胡は憧れの生薬です。温かく、水捌けが良く、日当たりが良いことが条件です。また春に野焼きをする地区では害虫を防ぐことも出来ます。
私の出身地である鹿児島では自衛隊の演習地の栗野岳で柴胡を見たことがあります。ここは野焼きを行います。火山灰の水捌けの良い南側の斜面に柴胡が自生していました。
私は鹿児島から福岡へ移住しました。福岡では石灰岩の水捌けの良い山があります。平尾台です。毎年野焼きもされています。福岡へ来た翌年に、柴胡が黄色な小さい花を咲かす9月に平尾台へ行ってみました。ビックリしました。そこら中が柴胡だらけなのです。あの絶滅したと言われる柴胡が一面に咲いていました。感動でした。平尾台には柴胡以外にも様々な薬用植物が咲いています。自然がそのまま残る数少ない場所です。