2023年9月1日。写真は箱根大涌谷です。
漢方薬の働き、家老と将軍
漢方薬には家老と将軍が有ります。甘草と大黄です。
将軍の大黄
便秘がちの人に大黄を使用すると、薬効が峻烈で即効、劇的な効果を発揮する場合が有ります。付けられた称号が将軍です。便秘がちな方の皮膚病やニキビ、高血圧、瘀血症状から来る諸症状など。他の漢方薬と大黄を合わすと効果が一気に増すことがあります。
家老の甘草
一方、甘草は、他の漢方薬によるアレルギー抑制や副作用の防止で使われる事が多く、諸薬を調和するとも言われてきました。
甘草は他に家老と表現される独特の効果があります。甘草と一緒に処方された他の薬味の効果を増大させたりする働きです。乙字湯もその1例です。乙字湯甘草大にして甘草量を増やす事により効果が増します。
家老、甘草の不思議な働き
家老である甘草量を増やすと、他の薬味の効果が増したり変化したりします。
甘草の働き
五気である、寒、涼、平、温、熱は、体質や病気の証、食物、漢方薬の寒熱を見る時の1つの指標です。
入江正先生が1990年、臨床東洋医学原論発表のツーメタルコンタクトによる実験によると、五気である寒熱では、芍薬は涼、甘草は平です。この2つを合わせた芍薬甘草湯、芍薬4グラム甘草4グラムは涼に成ると考えられる。しかし実際は温になります。涼プラス平は温です。不思議です。
また大黄は寒、甘草は平の組合せの大黄甘草湯、大黄4グラム甘草2グラムは寒に成りそうです。しかし実際は涼になります。寒プラス平は涼です。
甘草の不思議さ
大黄甘草湯の大黄と甘草の量の比率を変えていくと更に信じられない事が起きます。大黄の五気は、寒で非常に身体を冷やします。甘草は、平で冷やしも温めもしません。
甘草量を減らし、大黄4対甘草1の比率にすると涼になります。逆に甘草量を増すと、大黄4対甘草3の比率では寒になるのです。大黄量は変化していません。甘草量の増減で大黄の働きが変化しているのです。
大黄4プラス甘草2は涼。大黄4プラス甘草1は涼。大黄4プラス甘草3は寒です。何とも不思議ですが、甘草は家老の名の通り、他の薬味の効果を増したり他の薬味の働きを変化させるのです。
未完成の漢方処方
漢方処方は古方派では1800年以上、後世派でも数百年以上の歴史があります。その間、多くの人間の病に対し治療を続け失敗、成功例を集大成されたのが現在の漢方処方です。何百年の治験と疫学的な調査がされてきたとも言えます。
そのため1000年、2000年を生き抜いてきた漢方薬は安全性が高いと言えるのかもしれません。では現在の漢方処方は完成しているのでしょうか。
桂枝茯苓丸
日本の水戸藩の藩医だった原南陽は桂枝茯苓丸に甘草と生姜を加え甲字湯を作りました。桂枝茯苓丸より甲字湯は同じ薬効でマイルドになります。桂枝茯苓丸を使用していると棘を感じます。甲字湯にすると棘が無くなります。
臨床上は桂枝茯苓丸加生姜1、桂枝茯苓丸加甘草1.5で良い人もいます。しかし大多数の人は甲字湯、桂枝茯苓丸加生姜1甘草1.5が合う人が多いです。原南陽は桂枝茯苓丸の棘に気付き甲字湯を完成させたのでしょう。
乙字湯
桂枝茯苓丸を甲字湯へと完成させた原南陽が創った処方に乙字湯があります。乙字湯は痔核に対し汎用される処方です。
浅田口訣に乙字湯は「甘草を多量にせざれば効なし」とあります。乙字湯には甘草が2グラム入ります。この甘草量を3から4グラムに増やすと乙字湯の効果が増すのが知られています。乙字湯甘草大です。
桂枝茯苓丸が未完成なのに気づいた原南陽自身が創った乙字湯も未完成だったのかもしれません。また大塚敬節先生は乙字湯去大黄加桃仁4牡丹皮4魚醒草7を勧められています。魚腥草は漢方名、民間薬名はドクダミです。
以前は乙字湯に薬用炭を入れた製剤が有りました。柴胡剤である乙字湯による肝臓の解毒能力に対し、ドクダミや薬用炭による解毒力を追加する、増強する薬効です。
甘草を3グラム使用する人参湯や桂枝甘草竜骨牡蛎湯などと同様に甘草量が多いと、野菜の摂取が少ない人や利尿降圧剤を服用されている人は低カリウム血症を起こす可能性があります。カリウムを補給するか野菜や果物を多めに摂るよう指導が必要です。
神秘湯
喘息に使用する外台秘要が原典の神秘湯と言う処方があります。現在の日本の神秘湯は浅田宗伯による改良版です。喘息や喘息に伴う呼吸困難に使用する神秘湯にて、逆に呼吸困難を起こした事例が数か所から報告されています。救急車で運ばれた事例もあると聞いています。
太陽堂漢薬局にも「病院で母が漢方薬をもらい呼吸困難になった」と息子さんが駆け込んできたことがあります。調べると神秘湯でした。神秘湯による呼吸困難は回春仙を服用させると直ぐに解消します。また元の神秘湯の甘草2グラムを1グラム増量し3グラムとし、神秘湯甘草大にすると呼吸困難を起こさなくなります。元々の神秘湯が未完成なのか、近年の甘草の質が悪くなったのか原因は分かりません。
補中益気湯
私の娘が小児喘息で苦しんでいた小学生の頃、当初は麻杏甘石湯で落ち着いていたのですが、ある時から効かなくなりました。病院から気管支拡張剤が処方されていました。それを服用すると「お父さん、手が震える」と言うのです。手が震える位ですので気管支拡張剤でいづれ心臓負担がくると考えられました。
喘息に甘草麻黄湯
麻杏甘石湯は甘草麻黄湯から出来ています。今まで効いていた漢方薬が効かなくなってきたら、漢方の先祖返りを考えます。例えば、貧血を治療する処方は四物湯または四君子湯から発展していることが多いです。貧血がどうしても改善しにくい時も先祖返りを考え、元の四物湯か四君子湯で改善することがあります。
娘に甘草麻黄湯を飲ませ出しました。甘草麻黄湯は2味の薬方ですので速効性ですが、体質改善力は弱いです。体質改善に対し虚熱を目標に補中益気湯の人参を3グラム増量し補中益気湯人参大としました。娘はみるみる回復することが出来ました。このコラムで出てくる人参は食用ではなく朝鮮人参、オタネニンジンと言われる薬用人参のことです。
白く甘い白人参
この時に学んだのが、苦みが無く甘みしか感じない最高級の白人参の効果です。白人参の効果には迫力すら感じました。漢方の教科書では人参は苦みと甘みが記載されています。苦みは質の悪い人参の特徴です。髭去り皮去りした白人参。色が白く甘い人参が最高です。
人参サポニンとジンノサイド
日本で漢方薬の原料に使われる人参は、髭、皮部分です。髭、皮には人参サポニンが多いです。
太陽堂漢薬局が使用する白人参は、髭去り皮去り人参です。ジンノサイドが多いです。ジンノサイドが有効成分で人参サポニンは人参の毒です。
人参の俢治、下ごしらえは髭去り、皮去りを行い徹底的した乾燥が必須です。仕入れ価格は10倍以上違います。それでも患者さんは助かります。
補中益気湯人参大
私は、補中益気湯人参大の処方を創設したことにより、癌で食事が摂れなくなった患者さんが食事が摂れるようになったり、下肢動脉閉塞の進行により虚血性壊死した部分が1週間単位で改善したりする経験をすることが出来ました。
補中益気湯当帰大
浅田宗伯は肝の血虚が強い人に補中益気湯当帰大を使用されています。
私は「肝の病と診て脾を治す」の賊邪理論にて補中益気湯人参大を創りました。効果は目を見張ります。白人参は目で見ると黒見や灰色、黄色が無く、白い人参。舌で味わうと苦みが無く甘い人参が最高級品です。