未病と東洋医学

漢方コラム

2023年9月12日。写真は中国大理の街、洋人街の入り口です。

未病

東洋医学では未病と言う言葉を大事にします。

未だ病になっていない状態で身体を正常化すれば病になることはありません。この未病に対する理論から食養生も発達してきました。

東洋医学の養生法

食養生では、季節に合わせた旬の食事。一物全体では頭から尻尾まで食べる。葉野菜から実物、根っこまで食べる。身土不二では自分の生活している近辺、人間が1日に移動できる距離は60キロメートルで収穫される食べ物を摂るなどです。

食養生だけではありません。生活の教えも「夏は早く起床し、冬は遅く起床しなさい」「発汗したら冷たい風に当たり過ぎない」など多くの生活の教えが東洋医学にはあります。

何故、東洋医学では未病理論や養生法が発達したのでしょう。

私の苦い経験

私が30代の頃、知り合いの薬局の先生が脳血流を見て欲しいと言われたことがあります。その先生は以前に脳出血をした経験があるそうです。そのため牛黄清心元を毎日飲んでいらっしゃいました。

私は糸練功で脳血流を診てみました。問題になりそうな反応はありませんでした。私はその先生に「今のところ問題は無いと思います。」とお伝えしました。

それから約1か月後に先生は脳出血を起こし亡くなられました。先生は私の言ったことで安心されたのだと思います。牛黄清心元の服薬をされていなかったそうです。

脳出血を起こせば、当然ですが脈診にも望診にも異常が出ます。出血を起こしていない時は脈診にも望診にも反応が出ない事があるのです。

西洋医学の検査

西洋医学では血糖値を測ります。血糖値の上昇は糖尿病になる前に予備軍であることを教えてくれます。血圧を測ります。持続的な高血圧があると脳卒中の恐れがある事を教えてくれます。肝機能を調べます。ガンマGTPが高ければ症状が無くても脂肪肝や薬物性、アルコール性肝炎が疑われます。臨床検査をすると症状が無くてもある程度の身体の精査ができます。

東洋医学の検査

東洋医学では脈診、腹診、望診などの診察方法があります。脈では身体に異常が出てくると脈診で分かります。腹診も望診も同じです。東洋医学の診断は身体に影響が出始めてから脈診、腹診、望診が使えるのです。

確かに肝の臓に熱がありそうとか、心が虚しているとか分かる事があります。ただそれが解剖学のどの臓器からか、身体の機能の何が原因か、判断が付きません。

ガンマGTPの数値70の異常では東洋医学では、症状や身体の変化がないため分からないのです。食後に血糖値が一時的に上昇しても東洋医学では分からないのです。

東洋医学では、東洋医学の短所を補うため食養生や生活の養生、未病と言う概念が生まれたのかもしれません。

五感が大事な東洋医学

東洋医学では五感に頼る能力が必要です。体表解剖学である東洋医学では身体の表面に出てきた僅かな変化を捉えて行きます。目と耳、鼻、触感が非常に大事です。自分の五感で得た情報を人に説明できない場合もあります。説明できない事が一番大事なのかもしれません。術者が自分の五感で身につけるのが古方派の真髄だと思います。

西洋医学では異常が無くても

検査で異常が無くても、東洋医学では病的と考えることがあります。

様々な検査を行っても異常は見当たらないのに症状を訴えられる患者さんがいます。西洋医学では正常でも東洋医学では太極になっていない状態は異常と判断します。

西洋医学の得意な分野と東洋医学の得意な分野は異なります。お互いの得意な面を引き出し患者さんに対応していければ良いです。

東洋医学の未病

現在、今だ病にならざる未病に関して西洋医学的、東洋医学的など様々な考え方があります。東洋医学に於ける未病と治療法について書きます。

難経五十難

東洋医学の古典、黄帝内経難経五十難に「病に虚邪、実邪、賊邪、微邪、正邪の五邪あり」と記され、病は大きく五種類に分ける事が出来ます。

脈経

その後、3世紀に王叔和による脈経には「実邪は病むといえども自ら治す。自然に治る虚邪は病むといえども治し易し。治し易い微邪は病むといえども即ち差イゆ。即座に治る賊邪は大逆、悪性、悪質となす。十死、生きる見込み無く極めて危険。治せず」とあります。賊邪が最も治しにくく重病と記載されています。

金匱要略の未病

金匱要略、臓腑経絡先後病脈証篇に未病、賊邪に関する治療法の記述があります。

上工は未病を治すとは何ぞ也。師曰く、夫れ未病を治する者は肝の病を見て肝は脾に伝うるを知り当に先ず脾を実すべし。中工は相伝うるを暁サトらず肝の病を見て脾を実せしむるを解せず惟だ肝を治する也」とあります。

現代文に訳せば

最高の医術者は未病を治すとはどういうことか。師匠が言う、未病を治す者は肝の病を見て肝の病は脾に伝わる事を知っている。だから、まず先に脾の臓を実すべし。普通の医術者は肝から脾に伝わる事をハッキリ解らず肝の病を見ても脾を補う、実せしむる事を理解しない。ただ肝を治すだけだ。

先ほどの脈経を簡約すると

  • 実邪は自然に治り
  • 虚邪は治し易く
  • 微邪は直ぐに治る
  • 賊邪は悪質で死を免れず治せない

東洋医学の古典には、いづれ大病となる未病は賊邪であると記されています。

未病の治療法、予防法としては、相剋の臓腑、賊邪の治法の治療、予防、食養生をしていくことが大事かもしれません。

漢方薬は東洋医学の一部

東洋医学は、漢方、鍼灸、導引。導引には按摩、整体、気功等があり、この3種の治療学で形成されています。

青海省で出土した5000年前の馬家窟文化時代の土器に、導引の図が描かれています。2200年前の馬王堆3号墓から出土した医学書には11臓腑、五臓六腑が記されています。現在、私達が使っている五臓六腑はこの時代の言葉です。

その後、心包の臓が発見され、その400年後の後漢時代に記された黄帝内経には12臓腑、六臓六腑が記され、現在の東洋医学が完成しています。

体表解剖学

漢方の診断は、体表に現れた状態を通し身体の中を診ていきます。顏色や体型、脈診や舌診、腹診などです。これを体表解剖学と言います。これら四診を元に漢方では患者さんの体質病態を以下に分類します。

  1. 病因である気血水
  2. 病位である三陰三陽
  3. 上中下焦の三焦
  4. 臓腑経絡
  5. 表裏
  6. 虚実
  7. 寒熱
  8. 燥湿
  9. 収散
  10. 升降

表裏、虚実、寒熱、燥湿を病性と言い、収散、升降を病向と言います。
以上の分類に従い治療法を決めていきます。

古典に基づく東洋医学

漢方は

  • 解剖と生理、病理を記述した基礎医学である黄帝内経
  • 薬理学の本草学
  • 臨床医学の傷寒論、傷寒雑病論である金匱要略

で成り立っています。太陽堂漢薬局は、間中喜雄先生の一番弟子である故入江正先生の教えに従い、臨床医学を継承しています。

形象薬理学

漢方の本草学では形象薬理学と言う独特の見方があります。

  • 例えば、固いイボは、固いイボ状の形をした薏苡仁で治します。
  • 赤茶のシミは、赤茶色をした山梔子で治します。
  • 黄疸は、黄色の黄連、黄芩、黄柏、黄耆で治します。
  • 同様に、塊を取る漢方薬は塊の生薬を使います。
  • 水毒の治療には水を流す蔓科や、紫外線が当たり難い所で育った菌糸体などを多用します。
  • 血毒は油脂が原因の場合が多く、紫外線が当たる所で育った脂溶性の生薬を使い解消します。

肝臓病ではレバーなどのアミノ酸を食養で勧めます。これを似臓補臓と言います。

原料生薬

太陽堂漢薬局の漢方薬は、東洋医学の鑑別に従い選別します。

  1. 目で五色や型を判断します。色で臓腑を判断します。鮮やかさで表裏の深さを診ます。
  2. 鼻で五気である精油成分を嗅ぎ分けます。気剤としての血毒、水毒の判断をします。表裏の深さを診ます。気である香りが強いほど表に作用します。
  3. 舌で五味を選別します。作用点の臓腑を診ます。味は酸、苦、甘、辛、鹹に分け五臓を判断します。味が強いほど裏に作用します。

そして漢方薬を製造します。

煎じ薬

煎じ薬とエキス剤は、ドリップコーヒーとインスタントコーヒーの違いに似ています。煎じ薬を更に煎じ水分を飛ばし、最後に乳糖を加え急速冷凍しフリーズドライの漢方エキス剤を造るのが一般的です。そのためエキス剤には気剤である精油成分が残りません。携帯等にも便利ですが、漢方本来の効果を求めるなら煎じ薬をお勧めします。