東洋医学の虚実と補瀉

東洋医学理論

2023年5月12日;(写真は山口県長門の元乃隅稲成神社です。)

東洋医学で言う虚実(キョジツ)とは

東洋医学では虚証、実証と病態や体質を大きく分けます。

一般に
「虚証は、痩て貧血がちで元気が無い人」
「実証は、筋肉質でガッチリし、或いは多血症で元気に溢れている人」
と言われます。
この虚実は一般の方に分かりやすく表現された記述です。本来の東洋医学の虚実とは意味が異なります。

東洋医学の虚実

「虚証は正気(セイキ)の虚の状態」であり「実証は病邪の実の状態」です。
正気とは身体の免疫力や治癒力、病気に対する抵抗力、生命力などを現しています。
病邪は病気の原因であり、ウイルスや細菌、自然環境などの外邪と他に内因が有ります。

治法は虚証に対しては正気を補う治療法、補法が行われます。
実証に対しては病邪の実を除く治療法、瀉法が行われます。

正気の質が弱い人は、風邪になると抵抗力が弱く、虚証の桂枝湯(ケイシトウ)・香蘇散(コウソサン)証になりやすいです。
正気の質が強い人は、抵抗力も強く、それゆえに病邪の反応も強く実証(麻黄湯・越婢湯証)になり易いです。

黄帝内経素問三部九候論篇第二十

必ず患者の肉体の肥痩を考慮し、気の虚実を調和しなければならない」と記されています。
正気の虚は体力が質的に充実していない人に現れやすく
病邪の実は体力が質的に充実している人に現れやすいです。

実証になり易い人は、筋肉が発達し、声が大きく、上腹角が広く、汗をかきにくいです。
虚証になり易い人は、筋肉が弱く或いは水太り、小声で、上腹角が狭く、汗をかきやすい傾向にあります。

虚実と補瀉(ホシャ)

漢方薬には虚実があります。
また体質にも虚実があります。
お病気にも虚実があります。

虚証(キョショウ)の人に実証(ジッショウ)の病態が出来る事があります。
例えば、当帰芍薬散(トウキシャクヤクサン)証の女性に子宮筋腫が出来た場合、子宮筋腫は実証の病です。

体質の虚証に合わせると、実証の子宮筋腫の治療が出来ません。
しかし虚証の人にも実証の漢方薬を使用する事が出来ます。

体質に合わない漢方治療は、服用期間を短く、或いは服薬量を減らすのです。

体質に合わない漢方薬

桃核承気湯は分量を変えても、いつも瀉剤の強実証(キョウジッショウ)の漢方薬なのでしょうか。

加減方で大きく変わる

桃核承気湯の構成薬味は、桃仁、桂枝、芒硝、大黄、甘草です。
便秘でない人には桃核承気湯去大黄芒消にします。桃仁、桂枝、甘草だけになります。
桂枝茯苓丸の構成薬味は桂枝、茯苓、牡丹皮、桃仁、芍薬です。
桃核承気湯去大黄芒消より桂枝茯苓丸の方が牡丹皮が入っているぶん実証になります。

分量で大きく変わる

桃核承気湯(トウカクジョウキトウ)の満量と比較し、服用量が半量、或いは1/3量になったら、どうでしょうか。
瀉剤(シャザイ)として同じの力のはずが有りません。
半量は通常小学校1年生の1日量、1/3量は幼稚園の入園児の分量です。

服用期間と分量を調節することにより治療の幅が広がります。補瀉の力を自由にコントロールできます。
ここに適量診(テキリョウシン)の重要性が出てきます。

東洋医学の補瀉とは

「補瀉」は病の治療で補法をすれば治るか、瀉法をすれば治るか、最も重要な東洋医学の絶対ミス出来ない1番目の鑑別になります。
一般に虚証に対する治療法が補法。実証に対する治療法が瀉法だと言われています。

本当の補瀉は

実は東洋医学の補瀉は、もっと様々な要素を含んだ治療鑑別法です。
陰陽と言う概念が有ります。
陰証は虚証(正気の虚)、涼・寒、病位の三陰、大便では下痢・兎便・・・
陽証は実証(邪気の実)、温・熱、病位の三陽、大便では便秘・・・
虚実だけではなく、総合的な陰証・陽証に対する治療法が補瀉で、東洋医学の1番目の大きな鑑別です。

病因の気血水

2番目の鑑別は病因である「気血水」です。
気;上気、気滞、気虚
血;上焦の血熱、中焦の血熱、下焦の瘀血、陳旧の瘀血、血虚
水;表の燥、表の湿、裏の燥、裏の湿
東洋医学に於ける病気の原因を特定していくのが2番目に重要です。

3番目の鑑別は、1番目の補瀉の虚実、寒熱、病位の三陰三陽を組合せて「八綱分類」と言う鑑別をしていきます。

その後、臓腑や経絡、収散、升降など、大きな枠から小さな細部へ鑑別していき治療法が決まっていきます。

補瀉の漢方薬

補瀉の漢方薬は大別し7種類の薬勢に分けられます。
「峻補、大補、補」
「平・中」
「峻瀉、大瀉、瀉」
の7種類です。

峻補

峻補には、紫荷車や鹿茸などがあります。
紫荷車は胎盤です。プラセンタは紫荷車を熱処理したものです。しかし熱処理をすると効力は激減します。
鹿茸は高貴薬の一つ、春に生え変わる鹿の骨化していない柔らかい角です。

峻瀉

峻瀉には、麻黄や竜胆、大黄や芒硝などの瀉下剤があります。
麻黄はエフェドリン作用が有ります。吉益東洞の薬徴には「喘咳、水気を主治するなり」とあり、身体の表面を温め発散し利水(水毒・湿をさばく)作用があります。喘息などの鎮咳、神経痛やリウマチなどの身体痛に使用します。

竜胆は訂補薬性提要に「大苦、大寒、肝火を瀉し下焦の湿熱を除く」と有ります。肝胆の実火である熱性痙攣、頭痛、目の充血・痛みなど。また下焦の湿熱の膣炎、性病、陰部湿疹などの下腹部炎症に使われます。

瀉下作用のある大黄、芒硝の他に巴豆(ハズ)、甘遂(カンズイ)、大戟(ダイゲキ)、芫花(ゲンカ)などの瀉下剤も峻瀉に成ります。

大補と大瀉

大補には、白人参、当帰、黄耆、山茱萸、白芍薬、膠飴、大棗・・・
大瀉には、桃仁、枳実、桔梗・・・
などが有りますが、又の機会にご紹介いたします。