牛黄の修行

漢方雑記

2022年5月27日。写真は、大分県由布市、由布岳です。

鑑別の修行

どんなに漢方の腕が良くても、一生懸命に東洋医学を学んで処方に熟知しても、漢方薬の質が悪ければ思うような効果は得られません。
患者さんと漢方家とを結ぶ接点が漢方薬です。漢方薬だけで患者さんと接しています。
接点を左右するのが、漢方の原料生薬の質です。

30代初期の私は生薬の鑑別の修行をしていました。
様々な生薬を目と鼻と舌と、手指の感触で鑑別する勉強です。

牛黄の鑑別

漢方の3大高貴薬の1つに動物薬の牛黄があります。
高熱や極度の疲労、虚労などに使用します。
狭心症の発作には口中で牛黄を溶かします。ニトログリセリンと比較してもスピードも引けを取らない即効性です。しかもその後の疲労感もニトロと異なります。逆に元気が出ます。

当時、大坂の田舎に動物薬の牛黄の最高級品を扱っているという生薬問屋がありました。私は牛黄の鑑別を学ぶため2泊3日で訪れました。

五感で牛黄を鑑別

その生薬問屋では、先代の社長さんがお元気で、早朝から様々な牛黄を拝見せて頂きました。
中国産、南米産、豪州産、キューバ産他。形状は塊、砕き、ブロークンなど様々でした。

先ずは目での鑑別です。
室内の蛍光灯の下ではなく、太陽光の下でないと鑑別が出来ない事。
血や脂の混ざり具合を鑑別し、また牛黄の色自体で質を鑑別していきます。目で色を覚えるだけでも牛黄の質の程度が分かるようになります。

手に持ち重質の度合いを見ていきます。重質な牛黄は血が混じっています。
少量を口にし、脂の混ざり具合や動物臭、牛黄の独特の苦みと甘み等、鑑別を習いました。
市場品では、口に入れなくても目で見て脂が白く浮いているのが大半です。

その後、午前中は独習で産地別の牛黄を目と舌で覚えていきました。
米粒位の少量づつですが、何十回も繰り返すので大量の牛黄を食べたと思います。

午後からは、目と舌で産地を当てさせられました。
大体出来るようになった頃、辺りは薄暗く初夏の夕暮れ時でした。

修行のご褒美

修行が終わった頃、先代の社長は倉庫の1室に僕を招き入れました。
その部屋には天井に届きそうな位の動物薬の鹿茸の山がありました。
社長は鹿茸の山を登られました。実際に鹿茸を踏んで登られたのです。
そして先が丸く太く、骨化の少ない1本の最高の鹿茸を選んでくださりました。

数十万円する鹿茸をたった1日の弟子に下さったのです。牛黄の鑑別が出来るようになったご褒美でした。
代々受け継がれた技である生薬の質に対する先代の思いが、その鹿茸に詰まっていました。
その時の記念の鹿茸は、娘婿の東京太陽堂に今も展示してあります。

牛黄は小毒あり

社長にお礼とご挨拶をし、鹿茸を抱え薄暗くなった道を駅へ向かいました。
電車に乗るため駅の階段を上がると、息切れがするのです。2階まで上がるのに数回休まないと上がれないのです。死ぬ思いで駅の2階まで上がりました。

通常、牛黄は息切れなどの改善に頓服で0.1グラム使用します。私はその日に何十グラムもの牛黄を食べたか分かりません。
牛黄は漢方薬の高貴薬で上薬ですので毒は無いと一般に言われています。
しかし古典では牛黄は「上薬にて小毒あり」となっています。

東洋医学を学ぶ初学の時は、漢方の教科書でも良いと思います。
しかし最終的には古典に戻り勉強するのが、東洋医学を学ぶ者の基本だと考えています。