漢方薬は限局的な働き

漢方コラム

2023年2月7日。写真は、広島県福山市の草戸稲荷神社です。

漢方薬は内服なので全身に効くのか

漢方薬は内服ですので全身に効くと思われることが多いです。しかし漢方薬は効果が出る身体の部位ごとに、それぞれ分類され使われています。

東洋医学では身体を部位ごとに三焦である上焦、中焦、下焦に分ける方法と表裏に分ける方法があります。内外と言う見方も有ります。

  • 上焦は、鳩尾から上部分。心臓、肺、口腔、脳血流など
  • 中焦は、鳩尾から臍まで。肝臓、胆嚢、胃、十二指腸、膵臓、脾臓など
  • 下焦は、臍以下部分です。小腸、大腸、腎臓、卵巣などの生殖機能など

表は、皮膚や筋肉、骨格などです。裏は、内臓や心臓、腎臓、血管系、内分泌、骨でも骨髓の造血機能などは裏に成ります。半表半裏は、表と裏の中間、又は傷寒論では表と裏の両方の症状が出ている時になっています。

すべての漢方薬が全身に効くわけでは有りません。むしろ全身に効く漢方薬の方が少ない。と思われます。東洋医学は症状に対する標治法という対処療法も有りますが、基本的には本治法と言われる原因療法が主です。

例えばニキビ

症状が顏、上焦のニキビでも卵巣、下焦のホルモンが原因なら、下焦の卵巣に働く漢方薬、桂枝茯苓丸、当帰芍薬散、温経湯などに薏苡仁を追加し使用します。

同じニキビでも解毒能力に問題があるなら、肝臓を含む中焦の漢方薬、温清飲、荊芥連翹湯、十味敗毒散、荊防敗毒散などを使用します。

例え上焦の病でも、病気の原因である気毒、血毒、水毒の病因が中焦や下焦にあるならば、中焦、下焦の漢方薬を使うのが東洋医学の本治法です。

下焦を中心とした漢方薬、陽明病の水毒

越婢加朮湯と言う漢方薬は腎炎や関節症、腰痛などに使用します、基本的に下焦の漢方薬です。しかし上焦の湿疹や結膜炎などにも使用します。症状は上焦や表でも口渇がある場合などは、下焦の陽明病位の湿疹、結膜炎の場合があります。

陽明病位の特徴は潮熱にて皮膚は湿です。体表は発汗又はベタベタ湿っています。表は湿です。その分、血液中の水分は減少し脱水、口渇を呈し裏の血管内は燥になってます。

越婢加朮湯証の皮膚は湿ですので、湿疹は分泌物が多いタイプです。結膜炎や眼瞼炎なども涙で湿の状態になっていますので、症状が激しいほど陽明病位の結膜炎、眼瞼炎として越婢加朮湯証を呈することが多いです。越婢加朮湯中の麻黄、石膏の組合せで止汗、分泌物を減少させます。

麻黄には発汗作用があります。

麻黄や桂枝は体表の毛細血管の血流を良くし体表を温める事により、発表、発散、発汗作用にて表の水毒を捌きます。桂枝、麻黄、石膏には不思議な働きがあります。

  • 桂枝、麻黄の組合せで発汗作用が強まります。麻黄湯、葛根湯など
  • 麻黄、石膏の組合せでは止汗作用に変わります。麻杏甘石湯、越婢加朮湯など
  • 桂枝、麻黄、石膏の組合せで大発汗へと変化します。麻黄湯加石膏、葛根湯加石膏など

麻黄の成分はエフェドリンで発汗作用として知られています。逆に麻黄の節部分や根部分は止汗作用があります。発汗、止汗の両作用があり、麻黄全体では小宇宙を形成しているからかもしれません。

越婢湯の合方

この下焦の越婢湯を上焦や中焦など上部に使いたい時は、上焦に効果があり虚証タイプの桂枝湯を合方します。桂枝湯3分の2と越婢湯3分の1で桂枝二越婢一湯とし上焦に使用します。同時に実証に使う越婢湯がやや虚証から中間証まで使えるようになります。

桂枝湯3分の1と越婢湯3分の2で桂枝一越婢二湯とすると上焦から中焦へ使用できます。同時に中間証からやや実証に使えるように変化します。

葛根と防已

山を散策していると蔓がいっぱいあります。蔓は根から葉へ水分を運びます。東洋医学の形象薬理学では蔓植物は気や水を通すと考えます。蔓植物でよく使われる漢方薬に葛根と防已、木通などがあります。

上焦に働く葛根

頭痛や肩こり、風邪に使われる葛根湯で有名な葛根です。葛根は水分が減少し血滞を起こした部分に水分を流し血滞を解消します。血流を改善するため肩こりや頭痛、三叉神経痛などに使用されます。葛根の症状は血滞ですが、病の原因は水毒の燥になります。本草学では陽の葛根、陰の霊芝なども同じ働きです。葛根は上焦の漢方薬味です。

クズユの葛の根です。成分はプエラリンなどのイソフラボン配糖体です。しかし判明している成分では葛根の働きは再現できません。葛根の澱粉に何らかの働きが有るのではと言われています。葛根は切断面に澱粉が吹き出し白っぽく、触ると粉が滑りツルツルするのが良質です。

下焦に働く防已

防已は防已黄耆湯に使われます。「防已は下焦の湿熱を除く」と有ります。下半身の浮腫みや腎炎、腎臓の水分代謝が原因の浮腫みなどに使用されます。防已には漢防已と木防已があります。切断面が白から灰色の物は質が悪く心臓負担などが報告されたことがあります。鑑別では切断面が黒っぽいのが安全です。

葛根の蔓は木を上に向かって伸びて行きます。防已の蔓は地面を這って伸びます。漢方では、上に伸びる葛根は上焦に使われます。地を這う防已は下焦に使われます。植生がそのまま漢方薬の効能となっています。自然は合理的というか不思議です。

桃仁、丹参、蘇木の駆瘀血剤

駆瘀血剤の代表的な薬味に桃仁があります。牡丹皮は駆瘀血作用の桃仁に抗炎症作用が加わったと考えると解りやすいです。

東洋医学の表裏と三焦である上、中、下焦は異なった見方、物差しですが、表は上焦、裏は下焦として似て重なる要素があります。桃仁は下焦の漢方薬です。下腹部の卵巣機能などの下焦と裏に使用します。血管系での血流やリンパの流れなどは裏に属します。裏に使うと桃仁が全身に使えます。

また冠心Ⅱ号方の丹参は中焦に働くと思われ、主に心臓や脳の血流改善に使用されます。東洋医学の形象薬理学では色が鮮やかな薬味は表に使用します。丹参もやや赤みが有りますので深く裏には入りきらないと思われ、中焦の上に属すと考えられます。蘇木なども赤色が鮮やかですので中焦の下に属すと考えられます。

  • 上焦の薬味は、上焦から中焦へ
  • 中焦の薬味は、上焦から中焦、また下焦へ
  • 下焦の薬味は、中焦から下焦へ

と隣接する焦まで使われる場合が多く見られます。

表の紅花

非常に色が鮮やかな赤味を呈する紅花などは、表に使用されます。酒査鼻で有名な葛根紅花湯などに使用されています。酒査鼻などの毛細血管が拡張し赤く見える病状は、紅花などの赤味の薬味で治します。紅花の鑑別は強く握ると手にうっすらと油が付きます。慣れてくると紅花の色を見ても油の量が分かるようになります。

血毒は油脂

利水剤の漢方薬味には油の成分は少ないです。一方、駆瘀血剤や血剤には多かれ少なかれ油が含まれています。血毒の原因は油、脂です。

全身に効く漢方薬の方が少ない

すべての漢方薬が全身に効くわけでは有りません。むしろ全身に効く漢方薬の方が少ない。」と思われます。

当帰、川芎の補血薬

血虚に使用する当帰や川芎などにも三焦の上、中、下焦があります。当帰も川芎も血中の気薬と言われます。当帰は噛むと甘く、川芎は辛いです。この五味の違いで同じ補血薬でも働きが異なってきます。

気味の厚薄

黄帝内経素問の陰陽応象大論に気味、五気と五味の厚さ薄さの働きが記載されています。

  • 気厚いは、陽中の陽、気の発散
  • 気薄いは、陽中の陰、気の下降
  • 味厚いは、陰中の陰、気の泄利
  • 味薄いは、陰中の陽、気の上衝

東洋医学では、気味の働きを観る重要な理論、要素になります。

当帰の気味

例えば当帰においては、中国産の唐当帰は精油が少し多い、気が厚い傾向にあります。日本当帰は辛みの精油が少なく、気が薄い、包まれるような穏やかな甘みが強い、味が厚いです。日本当帰は精油が少なく気が薄いので収に働きます。また甘みが強く味が厚いので裏や下焦に働きます。

当帰は採取後に湯通しして寒風に晒します。お湯の温度と寒風での締りが大事です。当帰の鑑別は、あの美味しい独特の甘みが強い事です。

川芎の気味

川芎は精油成分が非常に多く、気が厚い刺激のある辛みがあります。辛みの精油成分のため気が厚く散で体表や上焦に働きます。川芎でも中国産の芎藭などは辛みが強すぎるのも有ります。日本産の川芎は辛みが強すぎる事はありません。

日本の漢方処方は原典と異なり、辛みが強すぎない日本産の川芎に合わせ分量が決められている処方もあります。江戸時代に和産の川芎を使っていたからだと思われます。日本の処方内容では中国産の川芎は強すぎる可能性があります。

私は個人的に辛みが強すぎる川芎は好みではありません。太陽堂漢薬局の川芎は強すぎない適度の辛みの川芎を選品します。

五味の働きにより、当帰は下焦の血虚、肝を補血します。川芎は上焦への引薬で、上焦の血管を拡張し上焦の血行促進をすることで、血虚に対応しています。

中焦に働く柴胡剤

柴胡剤は一部の例外である四逆散などを除けば柴胡、黄芩の組合せです。柴胡剤は中焦に原因がある様々な病に使用されます。皮膚病でも胃腸病や免疫の異常でも肝機能障害や腎炎、神経症や微熱でも、東洋医学的に中焦に病の原因があれば柴胡剤が使われることが多いです。

柴胡の効果は油

私が若い頃の柴胡は野生の4年根を使用していました。柴胡を煎じると煎じ液の上にうっすらと油が浮いていたのを覚えています。4年根の柴胡はサイコサポニンが減少し油性成分が増えます。現在の柴胡は畑で栽培された1、2年根です。

サイコサポニンは毒

柴胡は水捌けが良く日当たりの良い所に咲きます。水捌けの良い所に生育する柴胡が湿を除き、日光の当たる所に生育するため清熱作用を示すのも、この植生のおかげです。野生の柴胡は4年根以上に育ちますが、畑で栽培すると2年目にセンチュウにより地上茎の地面に近い部分を円く周囲を噛み切られ枯れて行きます。

栽培品の柴胡は、出来るだけ根の皮部分の色が黒褐色で色の濃いものを選ぶ必要があります。サイコサポニンは柴胡の毒です。油分が有効成分です。

傷寒論の故郷の柴胡

20年以上前に傷寒論の著者と言われる張仲景出身の中国南部に行ったことがあります。現地で生薬市場を回り「柴胡は何処ですか」と聞くと柴胡の葉と茎を指し「柴胡はこれです」と言われました。

雲南中医学院の教授に聞くと「柴胡の根は使わない、今は地上茎を使う。いつの時代から地上茎になったか定かでない」との返答。日本では根しか使いません。驚きと同時に、この地区では野生の5、6年根、10年根の柴胡が土に埋まっているのだと、野生の柴胡の根が無性に欲しいという欲望が湧いたのを覚えています。

中焦の直ぐ上の上焦に働く瀉心湯

上焦にも上下があります。

東洋医学の脈診に六部定位脈診があります。手首の肘側直ぐの拍動部で左右3箇所の脈にて病状を把握します。3箇所は手首側から寸、関、尺でそれぞれ上焦、中焦、下焦に対応しています。

糸練功では手掌の上中下焦を使い六部定位脈診と同じ反応を診ています。

  • 右手、寸は上焦は肺、大腸
  • 右手、関は中焦は脾、胃
  • 右手、尺は下焦は心包、三焦
  • 左手、寸は上焦は心、小腸
  • 左手、関は中焦は肝、胆
  • 左手、尺は下焦は腎、膀胱

右の上焦が肺。左の上焦に心が来ています。腹診では心は鳩尾付近です。肺は心の上部になります。脈診と腹診を考えると、右手の臓腑が左手の臓腑よりやや上側にあると考えられます。同時に、左側に配当される臓腑の心、肝、腎は、右側に配当される臓腑の肺、脾、心包よりも深いと考えられます。

瀉心湯の三焦

黄連、黄芩の組合せに瀉心湯が有ります。中焦に働く黄芩と上焦の心に働く黄連の組合せは、この心を瀉す治療処方です。黄連解毒湯や三黄瀉心湯、葛根黄連黄芩湯や半夏瀉心湯、生姜瀉心湯、甘草瀉心湯など有名な処方が多いです。

心に属する黄連は君火、黄芩は胆に属し相火です。黄連と同じように清熱作用のある黄芩、黄柏、山梔子、柴胡なども相火です。相火の漢方薬味は日当たりの良い所に育つ傾向にあります。君火の生薬は日陰を好んで生育する傾向があります。

君火、相火は専門家でも理解が難しい概念です、今回は説明を省きます。

陽の黄連、陰の人参。いづれも君火

私は30歳の頃から20年以上、ある県立の薬草園の講師を務めていました。その薬草園には黄連が栽培されています。黄連は日当たりの悪いこぼれ日の林間に咲いていました。同じ場所に薬用人参も咲いています。

黄連は清熱作用で瀉剤です。薬用人参は逆に身体を温め補剤です。黄連と薬用人参はどちらも君火に属します。真逆の作用の陰の黄連と陽の薬用人参が同じ環境で育ちます。陰陽のバランスを取り小宇宙を創ります。

以前に「トリカブトの生えている所には、1坪以内にトリカブトの毒消しが必ずある」と聞いたことがあります。それも小宇宙なのかもしれません。

全身に効く漢方薬は殆どありません

ここまで書きました様に、全身に効く漢方薬は殆どありません。患者さんの病因、病気の原因の気毒、血毒、水毒が何処にあるかで漢方治療は変わります。

症状で漢方治療を決めるのではありません。症状に基づき病因と病位である三焦、表裏を決めるのです。

三焦、表裏が解ると三陰三陽の病位である太陽、少陽、陽明、太陰、少陰、厥陰が決まります。病因が三焦の上焦、中焦、下焦のどこに在るか。表裏の表、半表半裏、裏のどこなのか。足の浮腫みの原因でも。上焦の心機能か、中焦の肝機能か、下焦の腎機能なのか。同じ病名でも三焦が異なれば。表裏が異なれば。東洋医学の治療法は変わります。

三焦と表裏の概念が無い治療法に頼っていては再現性は有りません。東洋医学の治療法を決める上で三焦理論、表裏理論がいかに大事かです。