2023年10月3日。写真は広島県福山市明王院です。
中国の生薬市場
中国に最初に行ったのは25年程前です。各中医学院で開かれる国際学会で10回ほど論文発表、講演もさせて頂きました。迎賓館にも泊めて頂きました。その後、各地の様々な生薬市場を巡りました。西はタフラマカン砂漠から、北は北朝鮮との国境近く、南はヒマラヤの4000メートルの高地まで。
田舎やへき地の生薬市場は偽物や混ぜ物は少ないです。しかし都市部は違います。面白い経験をいっぱいしました。
中国都市部の生薬市場
虻虫と言う漢方薬があります。陳旧の瘀血を取る漢薬です。虻虫はアブの仲間です。漢方薬は重さで売買されます。虻虫を見つけ買って日本に帰りました。中国で買った漢薬はすべて洗浄します。洗っている時に短い釘が多数出てくるのです。非常に軽い虻虫です。重量を増し高く売るために釘を入れてあったのです。
免疫力を上げると言われる冬虫夏草を買って帰ったこともあります。その当時は冬虫夏草のブーム前でしたので現在の10分の1以下の価格です。それでも100グラム1万円近くの価格でした。日本に持ち帰ると無数の鉛が入っているのです。
蠍は全蝎という漢方薬として使われます。神経痛や痙攣、免疫力を上げるという論文もあります。買って帰ると蠍のお腹の中に砂が詰めてありました。この小さな一匹一匹の蠍のお腹に砂が入れてあるのです。大変な作業だと思います。重さで売買されるとは言っても、作業をされる方は大変な仕事だと頭が下がります。
偽物漢方薬が横行した当時
ジュラシックパークが流行った直後です。中国旅行の途中で仲間の先生が飛行機の中で「上海のデパートで琥珀のブローチを彼女に買った」と見せて頂いたことがあります。琥珀の中に虫が入っていました。化石なのに小学校の夏休みの自由研究みたいに足を広げた見事な姿でした。僕はブローチを借り、飛行機の中でしたがライターで火を付けました。琥珀は松脂の化石ですので燃やすと松脂の臭いがします。この琥珀のブローチはプラスチックの燃える臭いがしたのです。その当時は中国の飛行機はおおらかだったので大丈夫だったのでしょう。
同じ頃、中国の国内線に乗ると搭乗口が開くと中国の人達は我先に走っていきます。なんでだろと思って飛行機に乗ると、窓際の席に皆が一列に座っています。僕のチケットの座席指定は関係ないようです。
熊胆の偽物
同行した知り合いの先生が熊胆を買ったことがあります。「交渉して安く熊胆を手に入れた」と大喜びでした。見ると少し色が違うのです。黒い熊胆や琥珀色の熊胆などありますが、黒っぽいですが不思議な色をしていました。熊胆の鑑別は味と臭いも大事です。
またゴマ粒ほどの少量を水に浮かべると本物は走ります。少しもらって水に浮かべてみました。走らずに沈んでいくのです。沈む時の尾を引く色が緑でした。熊胆は黄色の尾を引きます。同行の先生は偽熊胆を大事にバックにしまい、寂しそうにされていました。
小石と岩だらけの化石牡蠣
牡蠣は漢方では鎮静作用やアレルギーなどに使用されます。日本の漢薬の牡蠣は養殖の生牡蠣を使用します。中国では山で取れた化石牡蛎を使用します。古代の牡蠣で大きさも30センチ以上や殻の厚みも5センチ以上がざらです。牡蛎の修治は殻が真っ赤になるほど焼きます。化石牡蛎を800度で焼きます。現在は中国の薬事法が変わり300度で焼かれているそうです。それを持ち帰りしたことがあります。日本に持ち帰ると岩や小石が多数混在しているのです。
中国の生薬市場は面白いです。騙し騙され、価格交渉も面白いです。何年も通うと顔なじみも増えます。
鑑別の修行
どんなに漢方の腕が良くても、一生懸命に東洋医学を学んで処方に熟知しても、漢方薬の質が悪ければ思うような効果は得られません。患者さんと漢方家とを結ぶ接点が漢方薬です。漢方薬だけで患者さんと接しています。接点を左右するのが、漢方の原料生薬の質です。
30代初期の私は生薬の鑑別の修行をしていました。様々な生薬を目と鼻と舌と、手指の感触で鑑別する勉強です。
牛黄の鑑別
漢方の3大高貴薬の1つに動物薬の牛黄があります。高熱や極度の疲労、虚労などに使用します。狭心症の発作には口中で牛黄を溶かします。ニトログリセリンと比較してもスピードも引けを取らない即効性です。しかもその後の疲労感もニトロと異なります。逆に元気が出ます。
当時、大坂の田舎に動物薬の牛黄の最高級品を扱っているという生薬問屋がありました。私は牛黄の鑑別を学ぶため2泊3日で訪れました。
五感で牛黄を鑑別
その生薬問屋では、先代の社長さんがお元気で、早朝から様々な牛黄を拝見せて頂きました。中国産、南米産、豪州産、キューバ産他。形状は塊、砕き、ブロークンなど様々でした。
先ずは目での鑑別です。室内の蛍光灯の下ではなく、太陽光の下でないと鑑別が出来ない事。血や脂の混ざり具合を鑑別し、また牛黄の色自体で質を鑑別していきます。目で色を覚えるだけでも牛黄の質の程度が分かるようになります。
手に持ち重質の度合いを見ていきます。重質な牛黄は血が混じっています。少量を口にし、脂の混ざり具合や動物臭、牛黄の独特の苦みと甘み等、鑑別を習いました。市場品では、口に入れなくても目で見て脂が白く浮いているのが大半です。
その後、午前中は独習で産地別の牛黄を目と舌で覚えていきました。米粒位の少量づつですが、何十回も繰り返すので大量の牛黄を食べたと思います。
午後からは、目と舌で産地を当てさせられました。大体出来るようになった頃、辺りは薄暗く初夏の夕暮れ時でした。
修行のご褒美
修行が終わった頃、先代の社長は倉庫の1室に僕を招き入れました。その部屋には天井に届きそうな位の動物薬の鹿茸の山がありました。社長は鹿茸の山を登られました。実際に鹿茸を踏んで登られたのです。そして先が丸く太く、骨化の少ない1本の最高の鹿茸を選んでくださりました。
数十万円する鹿茸をたった1日の弟子に下さったのです。牛黄の鑑別が出来るようになったご褒美でした。代々受け継がれた技である生薬の質に対する先代の思いが、その鹿茸に詰まっていました。その時の記念の鹿茸は、娘婿の東京太陽堂に今も展示してあります。
牛黄は小毒あり
社長にお礼とご挨拶をし、鹿茸を抱え薄暗くなった道を駅へ向かいました。電車に乗るため駅の階段を上がると、息切れがするのです。2階まで上がるのに数回休まないと上がれないのです。死ぬ思いで駅の2階まで上がりました。
通常、牛黄は息切れなどの改善に頓服で0.1グラム使用します。私はその日に何十グラムもの牛黄を食べたか分かりません。牛黄は漢方薬の高貴薬で上薬ですので毒は無いと一般に言われています。しかし古典では牛黄は「上薬にて小毒あり」となっています。
東洋医学を学ぶ初学の時は、漢方の教科書でも良いと思います。しかし最終的には古典に戻り勉強するのが、東洋医学を学ぶ者の基本だと考えています。